検閲の通らなかった手紙
泉君、留置場の起床は朝7時。布団をたたんで待つことしばし、看守さんにより房が開かれると布団を房外の所定の場所に戻して房の掃除、ホウキや雑巾は前夜から泊まりの看守さんにより用意されている。房は量四畳とトイレから成っている。一つの房を二人から三人で使っている。今僕のいる房は三人、他の二人は中国人。掃除が終わると洗面をして房に戻る。そのとき留置人は必ずスリッパを揃える。そして看守さんによる身体チェック。全ての留置人の洗面が終わると業者によって届けられた弁当が看守さんによってそれぞれの房に振り分けられる。ここは成田空港署、留置人は中国人が多く弁当もそれぞれの希望により均一ではない。10といくつかある房の食事を世話して回る看守さんは3人。対する留置人は30人近い。朝食は8時。留置人は待っていればいい。
「ソースまだですかぁ?」
「うるせえ、今忙しいんだ、ちょっと待ってろ!」
食事が終わると留置人はそれぞれ弁当殻、コップ、箸を房の外に出す。看守さんはその後片付け。・・・・・・・・・・・・・・・・・ご苦労様です。
一段落すると「運動」と称して房の外に出てタバコを3本吸う。週に2回買い物ができるのだがそのオーダーもこのときに行う。パン、カップラーメン、りんご、みかん、タバコ、雑誌、日用品、そしてチョコレート等が買える。髭剃(電動である)や爪切りも「運動」中に行われる。風呂は週2回、3人ぐらいづつ入る。洗濯は週2回、それは看守さんがしてくれる。・・・・・・・・・・・・・・ありがたいことです。
昼食は12時。朝と同じ要領だがそこに御用聞きが加わる。
「何か出すものある?」
「カップラーメンのシーフードを!!」
昼食が終わると夕食までの間留置人は何もすることがない。場内を流れる音楽を聴きながら昼寝が始まる。ポップス、ロック、ニューミュージック、クラシック、演歌、アニメソング等ジャンルは広い。僕の好きな中島みゆきも2曲ばかりかかる。家なき子のテーマソングとファイトだ。
「ファイト! 戦う君の詩を戦わない奴らが笑うだろう!」
「ファイト! 冷たい水の中を震えながら上っていけ!」
夕食は6時。就寝は9時。もう一度洗面して布団を引いて
「それでは皆さん、グッドナイト! おやすみ! わは!」
泉君、いつか留置場に入るかもしれないときの参考にしてくれ。
大原さん、僕が争うつもりでいることは手紙の検閲している看守さんたちには知れ渡っていました。事件に関しては語らないのが原則のようですが、とはいえ「運動」中には雑談があります。
「やめたほうがいいと思うよ、逆らって特になることは・・・・」。
そうかもしれない、多分そうだろうなとは僕も思ってました。でも、それでは筋が通らないだろうとも考えていました。
「つまり事実は認める。でも、その内容で争うつもりなんだ?」
そうです。そういうことです。どうも裁判で争う人の大半は事実否認から始まるらしく、僕のような場合は希のようでした。言われちゃいましたよ。
「レベルが違うね!」
「まあ、大麻はアメリカじゃレストランに備えてあるって聞いたぐらいだから、まあなあ、うん、大麻って、どんな物なんだ?」
そう問われてどう答えようかと考えている間に隣にいたゴッツイ刺青を背負った人がこう応えました。
「覚せい剤好きの奴が大麻吸うとゲーゲー、吐いちゃうんだよ、大麻好きな連中は覚せい剤とかやらないみたいだし、別物だね。」
おそらくその応えは覚せい剤や大麻を使っている人たちを見てのものなんだろうね。
ところで僕だけど、もし、再び誰かに「大麻ってどんな物?」と問われたら、こう応えようと思っています。
「大麻はあなたの精神に影響を与えるものです。」
自分ではいい応えだと思っているんだけど。
それでは、
「大麻は私の精神にどのような影響を与えるのですか?」
と問い返されると応えることが少々難しくなります。それは「私」の精神がどのようなものであるかによって違ってくるからです。それぞれの「私」の生き方、考え方、その精神は同じではありません。
人の精神は同じではありませんが一般論として大麻が精神にどう影響するかの筋道を語ることはできます。それについては後にマスコミ相手に語る部分に入れてありますのでそちらを見てくれますか。
何にせよ、大麻とは何かを追及していくと人間を追及していくことにつながります。だから、僕の裁判は面白くなるはずでした。そうなるはずだと思っていたんです。
「ヤマサキィ、今日はいよいよ決戦だね。」
9月28日、看守さんにそう声を掛けられました。実のところ少々心が震えてました。頭の中では何度も何度も裁判の展開を考えましたが、実際どうなるのか分からない。震えてましたよ。次に紹介するのは第一回公判後、10月に出した手紙です。
泉君への手紙 98年10月
泉君、僕が頭に描いていた理想と実社会の現実は違うものだった。9月28日、法廷で僕は失望した。その一番手は検察官だった。それが例えどんな検察官であろうと検察官を職としている限り正義の心は持っているはずと思っていた。そして僕は何が正義かをやり合うつもりでいた。ところがそれは夢でしかなかった。現実の法廷で僕の前に現れた検察官は好意的に見ても頭が悪い。もっぺん学校戻って国語の勉強やり直して来い!と言いたかった。被告人である僕の趣旨が読み取れないことから法廷でトンチンカンな質問をしていると考えられた。その言葉は記録されている。法廷での言葉は記録され証拠となるらしい。検察官の言葉の問題点については僕の弁護士宛の手紙に書いた。同じ事をもう一度書くのはウザッたいので書かない。検察官に対して好意的ではない僕の見方がある。彼は頭が悪いのか、ずる賢いのか、こちらが主張するその趣旨をわざと意図的に外す。
ではなぜ、そういうことをするのか?・・・簡単に想像できる理由・・・・・・それは無難に勝ちたいからだ。もしそうであるなら、それは許せない。そこは法廷だ。彼は一つ忘れている。
「裁判は良心と法律この二つでやることになっている」。
留置場に面会に来た僕の弁護人がそう言っていた。いい言葉だと思っている。そして当り前なことだと納得している。その当り前のことを当り前に行動しなければいけないだろう。そこは法廷なんだから、法廷で嘘をついては困る。それも裁かれる被告人が嘘をつくのは分からなくはない。たいていの人は牢につながれたくはないだろう。だから足掻く。そのとき言動に嘘がある。検察官はその嘘をあばけばいいんだ。
ところが、その検察官に嘘があってはお話にならない。被告人の嘘を立証できるはずがない。泉君、ここで僕が言う嘘は事実を偽るという意味のそれじゃない。事実関係の虚偽を調べるのは警察の仕事だろう。ここでいう嘘は良心を偽る嘘を指している。
さて、その検察官、頭が悪いゆえのことなら過失となるだろうけど、もしも故意ならばちょっと許せない。ところが、では、何処へ訴えればいい?
失望の二番手は裁判官だった。泉君、個人的に僕は裁判官という職に非常に興味がある。検事よりも弁護士よりも裁判官に非常に興味を持っている。TVドラマで見ていたように現実の法廷でもその座る位置が他と違っていた。検事に弁護士そして被告人は同じレベルの位置に座る。けれど裁判官はもっと高い位置に座っていた。それでいいと思っている。問題は裁判官がその位置にふさわしい人格、見識を持っているかどうかだ。法廷での実権は裁判官が握っている。その裁判官に言葉を制限され、こちらからの質問を止められた。公判の始まりに裁判官より黙秘権についてくどい程の言葉があった。なのに自由にしゃべる権利はなかったんだ。知らなかったよ。事実関係で争うわけじゃない、僕が争うのはその内容だ。ところがこちらから話ができない、こちらから物語を展開できない。検察官そして裁判官にどうやって理解させればいいんだ。僕はどうやって争えばいいんだ。困ったよ。
被告人の僕が納得しないままに法廷は裁判官ペースで進んだ。結果が早すぎる。僕は言いたいことの半分もしゃべれていない。そして検察官の論告求刑、そこに嘘があった。裁判官はその嘘を見破っているのだろうか? 分からない。裁判官は自ら黙秘権を行使しているように映った。それを見れば彼がどの程度の人物か明らかになるだろう。その結果によっては僕の逆襲の第二ラウンドが始まるはずなんだ、はずなんだとしか言えない。現実的なことが分からない。検察庁や裁判所にいるのがどのような人たちなのか良く分からない。
そして、僕が失望したの第三番手が泉君、君なんだよ! 泉君、裁判の傍聴に来てくれと手紙を送っていただろう、それは君に証人となってほしかったからだ。
「情状証人ならば認められませんよ」。
法廷でなんとか裁判を引き伸ばそう考えたらしい弁護人の言葉に対して裁判官がそう応えた。僕は罪の有無を争っている、情状酌量を望んでいるわけではない。だからそんな証人はいらない、ぼくが欲しかったのは法廷を見届ける証人だ。
泉君、日本とアメリカでその裁判制度に大きく違う点がある。それは陪審員の有無だ。8月に出した手紙を思い出して欲しい、刑事事件の裁判についてだ。被告人がその罪を認めているなら裁判官はその量刑を決めればいい。けれど罪を認めない場合はまず被告人の罪の有無を見る。アメリカならそれは陪審員の仕事なんだ。法廷に陪審員がいたら僕はもう少し楽だったろうと思っている。検察官は陪審員に分かるようにその話を展開しなければならない。そして裁判官は陪審員に分かるよう裁判を進行させなければならない。そしてその陪審員もおそらく裁判と法律の知識は僕とそう大差ないだろう、その彼らは当然、六法全書に頼るのではなく別の物差しで裁判を見るだろう。つまり、それが良心。そういうことになるだろう。けれどもここはアメリカではない、陪審員制度はない。だからだよ、裁判がどういう展開になるのか分からない。だから証人が欲しかった。ところが傍聴席には誰もいない。
泉君、よく覚えていて欲しい。この先僕と付き合うつもりがないなら構わない。さっさと忘れるがいい。けれどもこの先僕と付き合う意思があるなら良く覚えておいて欲しい、僕は今回の君のような態度が一番嫌なんだ。泉君、もう随分長い付き合いだ。君も僕を良く知っているだろう、今回僕は本気なんだ。そのこと分かるよね。泉君は頭の悪い検察官ではないので僕の言葉の意味が分かるよね、自分の良心と照らし合わせくれないか。
ところでそちらのカレー事件の容疑者が逮捕されたらしいね。35歳の男性に対する殺人未遂容疑ということらしいが、その35歳の男性ってもしかしてKのことか?
大原さん、頭に来てました。今も思い返すと頭に来ます。泉君への手紙でその辺の僕の感情は伝わるでしょうか。でも裁判の内容はさっぱり分からないでしょうね。ちょっと待ってね、もう少しすると公判記録もできますから分かるように伝えるつもりです。まず公判の始まりに言う事はないかと問われたんだ。
「ええ、あのう、私はその事実はそのとおりと思うのですが、といって、でも、ええ、それで自分が悪いとは、その、思ってません」。
と僕の言葉はそんな調子になっていました。かっこ悪かったです。全く穴があったら入りたいってところでした。それとね、やっぱり、僕は現行の裁判を良く知らないんだってことが良く分かりましたよ。
「ではこれでケッシンしたいと思います」。
「ちょっと待ってください、こちらの方は被告人の本籍地より・・・・」
「情状証人なら認められませんよ。」
「では、ケッシンします。検察官論告を」。
裁判官がケッシンしますと言うんです。弁護人はちょっと待っての態度なんですが。僕はというとポカンとしちゃいました。ケッシンって何なのか分からない。留置場へ戻ってから辞書を見てそれが「結審」だって分かった次第です。その意味を知ったってときには僕の審理は終わったってことです。検察官の論告の後には求刑がありました。懲役二年六ヶ月でした。1998年9月29日は求刑までで終わりました。
「ヤマサキさん良かったよ、良くやったよ、あれから先は仕方がないよ、平行線。あの先はどこまでいっても平行線だよ、だってあの人たちの立場じゃ認めるわけにはいかないし、・・・・」。
帰りの車中でそう言われました。でも納得はできません。それじゃ困る、平行線では困るんです。だから真実を追求するんでしょう。
平行線を納得することはできません。それでは法廷の意味がなくなってしまう。真実が明らかになれば平行線は平行線でなくなるんですから。
世の中には真実をイコール事実と考えている人もいるかもしれませんが、それは正しくない。真実を他の言葉にするなら「誠」でしょう。事実とは種類の違うものです。事実を明らかにするのは警察の仕事で真実を明らかにするのは法廷に関わる人たちの仕事と考えています。事実を基に嘘か真実かを明らかにする場所、それが法廷だと僕は思っているからです。
第一回公判が終わって留置場に戻ってから裁判の様子を思い返したんです。僕の頭に疑問点がはっきりしています。それがどういうことかを考えていくとこれは僕に有利だと思えました。疑問点については弁護人宛の手紙に書いて送りました。その手紙は今僕の手元にはないけれど内容は憶えています。検察官の冒頭陳述にこんな言葉があったんだ。
「被告には毎日5gを常用しており、・・・・・・」。
その彼が今度は論告でこんなことを言ったんだ。
「今回、被告が持ち込んだのは40gと多量であり、・・・・・」。
40gを多量と見るか少量と見るか主観が絡みますね。例えば僕を取り調べていた刑事はその40gを見たときこう言いました。
「え、たったこれぽっちか」。
おそらくその刑事が供述書を作っていて私的に感じた印象と目の前に見た現物の量(税関に押収されていたので見るのは後になったんだ。)とにギャップを感じたんだろうと思います。
「私の使う量は多いですよ、1日平均5gぐらいなくなるかなあ、ちょっと遊びで吸っている人たちとはその量、格段に違います」。
大麻を吸わない大原さんにはピンとこないかもしれないけど僕が持ってきた40gは非常に質の良い物なんだ。いっちゃなんだけど、そこらの人が欲しいと望んだって手に入らない物です。ちょっとね、僕に特別なコネクションがあって手に入る高級品なんだ。非常に強力です。楽しむためにジョイントといってタバコと混ぜ合わせて吸う程度の人がこの40gを一人で使い切ろうとすると何ヶ月もかかると思います。だけど僕はそれを1日、5g使うんだよ、僕が5g使うことは警察の供述書にあるし検察官もその自身の言葉からそれを知っていることが分かる。では、検察官はどのような観点からそれを多量と言ったのであろう? 検察官の心に問題点があると思えるんだ。僕は彼を追及したくなる。ところが、それが許されない。
「被告人は質問に答えるだけにしてください」。
これが僕の最大の誤算だった。黙秘権はあるのに自由にしゃべる権利がない。これは大いに考えて欲しい問題だけど、ここでは検察官の話をします。
「あなたはどうして今年になってから仕事をしたいと思ったのですか?」。
「どうしてと聞かれても、今年そう思ったからですけど、しいて言えば」。
検察官は僕の応えに首をひねっていました。そして僕も態度には出さなかったつもりですけど心の中で首をひねっていたんだ。・・・・えらいトンチンカンな質問だな、何か意味があるのかな?・・・・検察官の質問で僕が最も応えに窮したのが上記のそれでした。それ以外はというとあっさりした質問ばかり、応えに困るようなものはないし、といって当たり前の質問をつなげて僕の心に迫ってくるようなものもない。つまり、被告人の僕への追及がないんだ。にもかかわらず彼は論告の際、非難の調子をもってこう言っていた。
「被告人はまるで反省の色がなく・・・・・」。
大原さん、公判の始まりに稚拙な言葉ではあったけどそれでも言ったんだ。事実は認めるけどそれを悪いとは思っていないこと。そして大麻を使う私のどこが悪いのかを明らかにし、それを私に認めさせて欲しいこと。確かに言ったんだよ、大原さん、被告人である僕が悪いと思ってないんだからその僕に反省の色がないのは当たり前なのに。そしてこの検察官は僕を追及してないし、僕の悪を明らかにしょうとする姿勢が少しも見えない。つまり、この検察官は僕に言わせると職務怠慢なのにもかかわらず僕を非難する。自分のやるべきことをやらないで反省の色がないという皮相な理由で非難するとは言語道断! この検察官の言動に付属しているものこそを嘘と呼ぶんだよ。
第二回公判には数人の傍聴人がいました。僕の知らない人たちでした。弁護人の最終弁論と僕の自己弁論で終わりました。10月29日でした。第三回公判は11月19日に開かれそこで判決が出ました。
判決の後、拘置所に戻り自分の荷物をまとめておもてに出ました。そのとき僕の所持金は101円でした。とにかく和歌山へ向かって大原さんの家に着いたのは21日になっていましたね。ありがとう、大原さん、あのときのことは忘れません。
さて、次に見てもらいたいのは12月に出した手紙です。宛先は泉君ではなく千葉地方検察庁検務第三課のフセ様でした。
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千葉地方検察庁 検務第三課への手紙 98年12月
私は11月19日に千葉地方裁判所において大麻取締法違反により懲役二年六ヶ月そして四年の執行猶予の判決を受けた者です。千葉地方検察庁証拠係のフセ様ならば押収されている石を早く返すよう督促している和歌山の山崎ですといえばお分かりでしょうか。すでに私の希望とすることは電話で伝えてございますが、改めてここで文章にしておきますのでご面倒かもしれませんが一読くださいますなら幸いです。
中略
まず目的があります。そのために石が必要なのです。21日に和歌山につき24日に成田税関に電話したところ押収した石は検察庁に移されていると検務第三課の電話番号を教えてもらい、そちらに電話しましたならこのように言われたのです。
「物が貴金属ですし、住民票のあるしっかりとした住所ならまだしも、送り先があなたの住所ではありませんし、この電話のあなたが山崎さん本人であるかどうかもこちらには分からないわけで、・・・・・」。
「高価なもので紛失したら困ると考えるなら保険を掛けるなり信頼のおける業者を選ぶなりして送ってください。押収物にはパスポートもあるし私を確認できなくはないでしょう」。
それでも私とあなたは平行線のままでしたね。そして失礼ながらあなたは規則のことしか話してくれなかったので検察庁の責任者の方と代わってくださいと申し上げたのですが、
「そんなことできませんよ、企業で言うなら社長を出してくださいというようなものですよ」。
「私は検察庁の者ではありません。検察庁の規則など知りません。私は私の石を返してもらいたいのです。その私に検察庁としてどう応えてくれるかを求めているのです。だから責任者と代わってください」。
「それじゃ、検事を呼びますからそれでよろしいでしょうか?」。
中略
以下の文章は証拠係のあなたには関わりないことでしょうが、検察庁の一員として目を通していただけますなら幸いです。あなたに呼んで頂いた澤田検事の第一声はこんな言葉でした。
「執行猶予おめでとうございます」。
そのとき私はこの検事に対して感じていた疑問を思い出しました。「私は裁判で争う姿勢を見せています」。公判の始まりで私はこういったのです。
中略
私を追及しない検事の態度に非常に怒りを感じておりました。だから12月4日直接検事と話す私の言葉は少々荒いものなっていきました。
「あなた私の石を証拠品として押収しておきながらそれについて何も追究しなかったじゃないですか」。
「追究されたかったのですか!!」。
追究されたかったのかと検事の応えは私以上に荒くなっていました。そしてそれによりどうやらこの人勘違いしているんだなと了解してまいりました。どうもこの検事は法廷での私の言葉を理解した上で勝ちたいが為にわざと追究しないという作戦に出た訳ではなく、それはただ単に私の言葉の意味が分からなかっただけらしいと納得できました。
「あなたのような人、初めてですよ」。
最後に検事さんにそう言われましたが自分でも私のような者そういないかなと思います。検事さんにはそのことを裁判の終わった後でなく、公判の中で被告人を理解し真実を追究して頂ければありがたかったのですが、
以下略
大原さん、見てもらった手紙(下書きからです)には中略をたくさん入れてますので、ちょっと申し訳しておきます。石を早く返せ、返せないとやりあったんですよ。で、それは今僕の語りたいことから少しずれるので省略したわけです。以上申し訳でした。さて、そのやり合っている最中に検事と話すことになりました。
「執行猶予、おめでとうございます」。
何、たわけとるか、こいつ! 僕はめちゃくちゃ頭に来ました。それは嫌味以外の何者でもない。僕には少しもおめでたくない。ところがその言葉に検事は嫌味を意図してのものではなさそうだったんだ。
「追究されたかったんですか!!」。
と怒られましてね、あ、こいつ分かってなかったんだ、と了解した。
大原さん、僕は留置場が長かった。三ヶ月以上そこにいた。だもので現実の裁判には全く無知だった僕にも多少分かったことがある。何度も裁判を見たり聞いたりしている人たちにはある程度予想がつくんだね。大麻をこれくらい持っていて初犯ならこれくらいだろう、ヘロインこれぐらい持っていて再犯なら、まあ、これくらい行くだろう。出管法で捕まってこういう場合だと、ああなってそしてこうなるだろうと大体予想がつくらしい。看守さんはみんな分かっているみたいだし、留置人でも何度も出入りしている強者はそういうのを良く知っているよ。
そして僕は大不満足!
「まあ、争点のある裁判なら、どんどんやって欲しいと思うけど、何も争点がなくて先が見えているのは簡略化すべきだね」。
看守さんたちの会話からこんな言葉が聞こえました。全く同感!! 税金の無駄図解だよ。裁判する意味が見えないのがたくさんあった。その中で当時、看守さんたちが注目する事件が二つあったんだ、その一つが僕の事件でした。前に言ったけれども看守さんは手紙を検閲していますから僕の意思を知ってたんです。そしてそれは看守さんたちだけではなくなりました。
「オレそのとき外に出られてたら、裁判見に行きたいよ」。
同じ留置人からも注目を集め始めました。でも検察官は知らなかったんだよね、公判でも気づかなかったらしい。
「あなたのような人、初めてですよ」。
彼の行為は故意ではなく、単なる勘違いのようです。彼の出番は第一回公判だけでした。第二回公判では出番なし、第三回公判では彼は法廷に来ていませんでした。別の人が来ていました。第一回公判の1時間あるかないかの中で彼は冒頭陳述から論告求刑までを行いました。その彼には確か僕の言葉を吟味し直すゆとりはなかったかもしれません。とわいえ、だからといって許されるというものでもないだろうけど、僕は彼に言いたいよ、
「おまえ検事だろ、どんな心構えで法廷に臨んでるんだ」。
大原さん、裁判を見慣れている人たちはパターンがあるのを知っているようなんだ。証拠不十分だと思えたら知らばっくれて無実を主張する。事実認定で逃げられないと分かったら情状酌量の方向に持っていく。いかに裁判官の心証を良くするか、それがたいていの被告人のパターン。
「あなたのような人、初めてですよ」。
確かにそうかもしれない。僕のようなケースは少ないかもしれないけれど、だからといって法廷に係わるを職とする者が前例やらパターンなどの偏見を持って法廷に臨まれてはかなわない。いつだってまっさらの眼で被告人を見て欲しいね。
ところで、押収されていた石はフセさんに和歌山まで持って来てもらうことになりました。そして和歌山地方検察庁で受け取ったんですが、そのときこう言われたんだ。
「これは例外ですからね、こういうことはもう二度とありませんからね」。
さあ、どうなんでしょうね、人にはいろいろ事情があるでしょうから。
さて、大原さん、次に見てもらいたいものは資料です。僕は千葉地方裁判所に対して公判記録を請求したんですよ、すると僕の弁護人だった人から資料が送られてきました。そのうちの公判記録に関わるもの全てをここに乗せておきます。そして続いて僕の手に残っている自己弁論の原稿を見てください。
裁判所書記官により、仕方が記録の交付を
申請したことについて連絡があり、弁護人であった
私の方で処理してもらいたいとの意向でした。
そこで、私から私の手元にある記録を送り
ますので、ご了承を願います。
一一月二七日
弁護士 柴田 睖史
山崎一夫 様
追、先日はわざわざおいでいただきましたが、先約もあり
あわただしく終わりまして申訳ありません。
将来の見通しは始向ですか。
お元気でお過しください。
冒 頭 陳 述 要 旨
大麻取締法違反・関税法違反 山 崎 一 夫
第一 身上・経歴
出 生 地 和歌山市生まれ。
学 歴 等 和歌山県内の高校卒業。
職 歴 等 書籍訪問販売員、電気組立工等。
現 職 無職。
家 族 独身。両親もすでに亡くなっている。
前 科 業務上過失傷害の罰金前科三犯。
前 歴 平成二年、入国時成田税関において、大麻草0.七グラ
ムを所持しているのを発見され、通告処分に付され、罰
金一万円を納付したことがある。
第二 犯行状況等
被告人は、約十年前からたびたびインド旅行に出かけるようにな
り、帰国して生活費を日本で稼いでは、インドに渡航してしばらくの
間生活する生活を送るようになった。
インドに赴くときはタイ国経由で渡航することが多かった。
そして、インドに行くようになってから、大麻を常用するようにな
っていった。大麻樹脂であれば、一日五グラム使用するとのことである。
本件大麻樹脂は、インドで五〇〇グラムを二万ルピーで購入した使
用残量であり今回帰国するに際し、日本国内で使用する目的で持ち
込んだのもである。
犯行状況は公訴事実記載のとおりである。
本件は、被告人の預託手荷物及び預託手荷物を受け取るため待機し
ている被告人自身の身体に対して、麻薬探知犬が、麻薬発見の際の顕
著な反応を示したことから、被告人に対する慎重な検査を実施し、検
挙に至った。
第三 その他関連事項及び情状
平成一〇年(わ)第一一三一号
被告人供述調書 (一)
(この調書は、第一回公判調書と一体となるものである。) 裁判所書記官 印
氏 名 山 崎 一 夫
検 察 官
( (甲) 証拠番号9,I を示す。)
これらは、あなたが隠して日本に持ち込んだものですか。
はい。
あなたの持ち物ですか。
はい。
本件裁判後、これらを返してほしいですか。
はい。私は欲しいです。
以上。
平成一〇年(わ)第一一三一号
被告人供述調書 (二)
(この調書は、第一回公判調書と一体となるものである。) 裁判所書記官 印
氏 名 山 崎 一 夫
弁 護 人
あなたは大麻を持ち、それを靴の中に隠し、日本に持ち込みましたか。
はい。
大麻を日本に持ち込むと、処罰されることを知っていましたか。
法律で処罰されることを知っていましたので、隠して来ました。
法はどのようなことで処罰をするのか、知っていますか。
大麻取締法で禁止され、法に違反していることは確かですから、法を破ることは悪いと考えています。ただ、私は法について考えていることがあります。自分がやりたいことに、どうしても大麻が必要であると考え、私は大麻を持って来たのです。インドで私は大麻を吸っていますが、私の吸う量は、人より多いです。
昔、通告書を受け、罰金を支払いましたが、このことをもう一度考え直してほしいのです。このとき、〇.七一グラムで処罰されましたが、私が故意に持ち込んだのではなく、この微量の大麻はゴミなのです。これまで日本にはお金を稼ぐため来ていましたが、今まで日本に持ち込んだことはありません。今回は、意識的に持ってきました。大麻を吸うようになり、劣等感がなくなり、今までと違う自分になりました。
あなたがしようとしている仕事の内容は、どのようなものですか。
これまでは土方等をし、人の下で働かなければならず、そこにはルールがあり、そこで大麻樹脂であるチャラスを吸うと、そこの周囲の人と合わなくなるので吸いませんでした。もともとインドで吸うときは、自覚をして吸うのではなく、好きで吸っていました。何年も吸っているうち、自分が何をしたいのかが気が付き始めました。私がいた場所がちょうど宗教色の強いヒマラヤということもあり、そこと日本の宗教観にずいぶん差があると思いました。言うならば、今現在どうなるのかわかりませんが、事業ができたのならば物を売ります。同じ店で売るのではなく、一軒一軒売り、インドの考え方やインドの人の考え方を伝えたいです。
大麻を事業に、どういうところで役立てるのですか。
セールスマンを選ぶ際にチャラスを使用します。以前、弁護人にお話ししましたが、チャラスを吸うと、石を投げられるのです。私は髪の毛が長く、目立つのですが、例えば、土方の採用面接を受ける際、採用する人によっては髪の毛のことで不採用になります。髪の毛を気にしながら、まーいいかという感じで採用してくれるところは、問題ありません。仕事上の規則をまもるのは当然ですが、仕事以外のプライベートのことでとやかく言われるのは、嫌です。私が髪の毛を切り、周囲の人と合わせることは、私にストレスが溜まることになります。身なりがきたなくなければ、あわせる必要がないと思います。
このことと同じことが、チャラス煮の言えます。チャラスは法に違反していますが、チャラスそのものは悪いと思いません。チャラスを吸って構わない人とそうでない人、すなわち私と付き合える人とそうでない人を見分けられるのです。そこで、仕事をするためにチャラスを持ってきたのです。
大麻取締法が何を禁止しているのか、わかりますか。
一度大麻取締法の条文を見たことがあり、禁止しいてることはわかりましたが、どうして大麻を禁止しているのかがわかりませんでした。大麻について私が思うことは、自分との関わり合いの中で、今回大麻がどうしても必要であることです。だから持ってきました。
大麻を持ってきた事情は、何ですか。
私は日本で仕事をしたいと思い、日本に来ました。今までの私は、半年間日本、残りの半年間インドというような生活をしていましたので、なかなか定職が持てませんでした。インドのヒマラヤという場所は、変わった物がいろいろあり、それを日本に持ち込み、仕事をしたいと思いました。そのため、日本で営利団体を作り、裏で宗教団体みたいな団体を作りたいと考えたのです。ただ、宗教団体はもともと好きではありませんが・・・。
どのような仕事をするのですか。
私はもともとセールスマンをしていましたので、ヒマアヤにある仏像や石等のセールスをしよと思いました。
この仕事と大麻との関係は、何ですか。
私は、一緒に仕事をする相手を選びたいのです。
大麻を吸うことを経験する前と後で、どのように変化したのですか。
インドに行く前は大麻を吸っていませんでした。インドというところを知らずにインドに行きました。今までの私は、劣等感があり、学歴がなく、有名企業にも勤務していませんでした。私はそれまでの人生に疲れ、インドに行きました。そこに行き、大麻と出会いましたら、今までの自分の劣等感が解消されました。大麻を吸いますと、自分に素直になりました。改めて自分を振り返りますと、学歴が欲しいのではなく、自分はそのままでいいと思うようになりました。大麻を吸っているとき、表現しにくいですが、・・・・あまり人に関わり合わなくなりました。自分が正しく行けるような道を探していくようになりました。私がセールスマンをしているときは、土方の仕事に抵抗がありましたが、今では、土方の仕事が平気になりました。自分が納得して仕事ができればいいと考えるようになったのです。
また、商品のサンプルも持ってきました。セールスの計画を立てたり、人を選ぶ際、過ちがないようにチャラスを使用します。石とかですと、インドでは物価が安いため、日本との価格差がかなりありますが、それを見て、当たり前に考え、それを単純に綺麗と感じられる人を選びたいのです。石を売ったら儲けになるなどと考える人は選びたくありません。
最初、大麻が好きで吸い始めたのですか。
はい。嗜好品として吸いました。
現在はどうですか。
インドで吸い始めた際、そこには日本では見られないような変わった人が多く、いろいろな価値観がわかりました。四、五年前から、私は外に出ず、家の中で吸っていました。吸う量は、当初より増えています。
家の人は大麻を黙認していますか。
はい、みんな知っています。
あなたにとって嗜好品であった大麻は、現在、どのような存在ですか。
みんながそうではありませんが、私とかの一部の人は、新しい感覚や概念を入れる際にチャラスは有効であると考えています。今までの固定した常識を打ち破るために必要なのです。そのことにより、劣等感がなくなり、正常になりました。また、周囲の環境を見て、ここはこうした方がいいと考えられるようになりました。チャラスの一番の効果は、人を見る上で役に立つことです。
大麻を吸い、人に間違った判断を下したことがありますか。
言えません。そのことは、自分と一緒にいる人との関係で判断しています。自分は基本的に臆病者ですので、外に出ません。自分が部屋にいるときは、自分が王様のつもりでいます。しかし、表に出ると違います。例えば、よその家に行く際は、そこに主人がいますので、そこの人の礼儀に従います。
あなたにとって、大麻は嗜好品ではなく、生活必需品ですか。
はい。
大麻を七年間ぐらい吸っているのですか。
いいえ、一〇年間位です。
大麻を吸って悪いことはありましたか。
一度吸っていた際、家に来た人と意見が合わず、薪で殴られたことがありました。
大麻を吸うようになって、あなたがおかしくなったところは、ありますか。
大麻には、グッドトリックとバットトリック、つまり気持ちが良くなる場合とそうでない場合とがあります。吸い始めた当初、悪い場合を経験しました。なぜだかわからなかったのですが、私の心の持ちようで、悪いことを考えているとき、ストームという状態になります。吸うのを止めればいいのですが、止めない人もいます。そのとき、止めない人は別の薬物を使うようになります。
大麻を吸っていて、おかしくなったことがありますか。
最初だけ少しおかしいと思うことがありましたが、考え方が変わりましたら、楽になりました。
大麻を吸うと、石を投げられると言っていましたが、どういうことですか。
私が大麻を吸っていると、人を刺激することがあり、私が外に出ると、石を投げられるのです。三回は子供から、一回は大人から投げられました。外国人がいるとおもしろいと感じるのだと思います。
石を投げられることは、大麻が影響しているのですか。
はい。チャラスは自分の精神や周囲の人に影響を与えます。人によっては落ち着かず、石を投げるのであると思います。
石を投げられることと、大麻との関係は、わからないのですか。
私が普通にしていれば、投げられないと思います。私が大麻を吸うことで仲良くなる人もいますが、敵対する人もいます。
周囲から非難を受けたことは、ありますか。
はい。私を見ていると気に入らない人がいるみたいです。最初に厭味を言われます。その際、私はそれを受け流すか、そこから逃げます。
そのことは、大麻の影響ですか。
確かなことはわかりません。私が普通にしていれば、こういうことがないので、おそらく大麻の影響であると思います。
あなたは和歌山県の高校を卒業し、高校に入学する前の小学校や中学校で不登校をしましたか。
はい。
その原因は何ですか。
子供のときは、何が原因であるのかが判りませんでした。まず、学校に行きたくなかったことが原因です。次に、いじめられっ子であったことも原因の一つです。家の中では我をはり、好きなことを言えましたが、外に出るといじめられっ子にことを言えませんでした。
母親がなくなり、自殺しようとしたこともありますか。
はい。傷跡がありますが、手首を切りました。当時、精神状態が最悪であり、どのようにしていいのかが判りませんでした。そこで、外国に行こうと思いました。渡航費用も安いこともあり、インドに行きました。当時と較べれば、チャラスやインドの人たちの影響があり、今は普通の精神状態になっています。
大麻を持って来たことは間違いないということですが、悪いと思っていないのですか。
悪いのか否かを決めて、判断してもらいたいです。
日本では処罰されることは、わかっていますか。
はい。
検 察 官
大麻を使用すると劣等感が解消され、人を見る目ができ、正しく行動できるようになるのですか。
私はそう思います。
逮捕されてから二ヶ月間経過し、その間大麻を使用しないでどうですか。使用しないと不都合ではないですか。
不都合ではありません。
大麻を使用しないで生活していけるのですか。
はい。今回は、仕事のために、仕事をできる人を探すために持ってきました。
今回どうして、日本で人を使い、物を売り、あなたの考えを伝えようと考えたのですか。
もともと九三年から考え始め、今年になってから商品を売ることを考えました。インドの周囲の人が石等のいろいろな物をくれましたので、商品を売ることを思いつきました。
そのようなことで日本で事業を興すことにしたのですか。
これがチャンスだと思いました。
自分が大麻を使いたいと思うからといって、大麻を使用することは法律違反になり、社会が成り立たなくなるのではないですか。
このことは検察官の方で判断して下さい。つまり、チャラスを吸うことは法律に違反しますので、人を処罰するのは可能であると思いますが、チャラスを使用する人にはいろいろな人がいて、個人差はあります。中にはチャラスによって救われている人もいます。いちがいにチャラスが悪いではなく、それを使用する人が誰であるのかによって違ってくると思います。
今後も、一年半の間はインド、もう一年半の間は日本というように生活していくつもりですか。
はい。しばらくはそのつもりです。できればインドでずっと過ごしたいのですが、今の生活を続けていくしかありません。
土方で働いていても、インドでずっと生活できるお金が稼げないので、日本で事業を興したいのですか。
はい。ヒマラヤにある変わった物を日本に紹介したいと思っています。
裁 判 官
仕事をする人を選ぶ際、あなた自身が大麻を吸う以外に、相手にも吸わせるのですか。
いいえ。今もところありません。
和歌山県であなたのことを心配する親戚はいますか。
いいえ。もう何年も会っていません。
誰か証人を呼んでほしいですか。
自分の人生を清算するために呼んでほしいのです。自分のことをどのように思っているのか聞いてもらいたいのです。
以 上
論 告 要 旨
大麻取締法違反・関税法違反 山 崎 一 夫
第一 事実関係
本件起訴事実は、公判廷で取調べ済みの関係各証拠により、その証明十分であると思料する。
第二 情状関係
一 本邦内で使用するため、輸入を企てたもので動機に酌量の余地はない。
二 輸入量は、大麻樹脂三九・〇七であり、多量である。
三 靴底に隠匿しており、巧妙・計画的である。
四 かつて、大麻草の輸入により、税関で通告処分を受けていながら、重ねて本件に及んでおり、反省の色がない。
五 約一〇年前から大麻を常用しており、常用性・親和性が顕著である。
六 再犯の可能性が極めて高い。
七 薬物事犯の撲滅が、国民的課題にとどまらず、世界的な潮流となっている現在、一般予防の見地からも厳重な処罰が必要である。
第三 求 刑
その他諸般の犯情を考慮し、相当法条適用の上、被告人を
懲役二年六月
に処し、没収済み大麻樹脂は没収するのを相当と思料する。
弁 論 要 旨
大麻取締法違反等 被告人 山 崎 一 夫一 本件公訴事実に対して被告人は、「事実は間違いない。しかし、自分には大麻は必
要である。大麻を吸うことによって、自分自身は、精神的に変化し、大麻の使用によって救われている。現在は、大麻そのものを悪いと思わない。悪いか否かを決めて判断してもらいたい」という趣旨を述べている。
検察官は論告で、薬物事犯の撲滅が国民的課題にとどまらず、世界的な潮流となっている現在、一般予防の見地から処罰が必要である旨述べられたが、これは被告人の考えに則したものではないと思われる。
二 弁護人は以下のように考える。
法律によって禁止され、違反に対して処罰規定がある場合、法律に違反して起訴されれば、わが国の司法制度上、一般的に刑罰規定の適用により被告人は処罰される。
行政的な取締目的のために、刑罰手段を講ずる行政犯は、刑事犯と比較すると、倫理的要素が少なく、技術的合目的的要素が強いものであるが、近代国家においてはそのような場合にも違反に対して処罰を定めることは、必然である。
大麻取締法には、法律の目的条項はないが、類似の麻薬及び向精神薬取締法、覚せい剤取締法等でその目的条項がかかげている保健衛生上の危害防止と同様の目的をもった法律である。
三 現在の科学が明らかにしている大麻使用の影響は、一般的に大麻の使用によって人はゆったりとした幸な気分、あるいは陽気な気分になってはしゃぐが、感覚が歪められるので物の色や形が変化して見え、ときには見る物から音が聞こえたり、音声を聞いていると空間を伝わってくる波のようなものが見えたりする。考えや注意が一つのことだけ、長時間集中したり、反対に全く集中しなかったりすることがあり、これはまわりの人にわかる。ところが本人はこの状態をよく集中できたり、よい結論がひらめいたと感じる。使用者本人は大麻を使用したとき現われる症状のコントロールができない。
大麻を長期に使用すると、何となく元気がなくやる気がわかないという状態が長く続く、所謂、無動機症候群になる可能性がある。そして、覚せい剤と同じような幻聴や妄想が続く精神状態になる。こうなると自己を傷つけ、他人も傷つける可能性もある。
これが科学的結論であるから、法は大麻を取締ることにしたものであると考える。
四 大麻と同じように使用することによって、人間の脳に直接影響を与えるという共通点を持っているものに、たばこ、酒、薬物がある。たばこや酒は、その使用を禁止する法律はないが、覚せい剤や麻薬等は大麻よりもっときびしく取締られる。大麻の害は、麻薬や覚せい剤等より少ないからである。
酒や煙草の保健衛生や社会的な害と比べて、大麻の害がそれらより大きいということができるのか。この点は定かでない。
五 本件訴訟事実は、大麻樹脂三九・〇七グラムの輸入である。その目的は自分で使用するためである。法律上の「輸入」は、「外国から到着した貨物を本邦内で引取ること」である。我々が法律と離れて日常使用する輸入というのは、外国から物品を買い入れることであり、貨物とは「輸送するにもつ」である。法律の輸入と通常の日本語の輸入には違和感がある。被告人は、大量とは云えない量の大麻樹脂を隠し持って本邦に入ったもので、貨物を輸入するというような感覚でなかったと推測できる。この被告人の感覚に基く運ぶ行為は、実質的には大麻を所持してきたという状況である。
六 一九九四年四月ドイツ連邦憲法裁判所は、麻薬の少量所持を容認する判決を言渡した。この判決は、大麻であるマリファナ、大麻樹脂のハシシュなど弱い薬物に限定されていると解釈されている。五月にはノルトライン・ウエストファーレン州政府が、この判決を受けて、麻薬の少量使用を認める暫定基準を発表したが、その基準ではマリファナやハシシュの一日当り使用量を一〇グラムまで容認したことが伝えられた。ドイツ連邦憲法裁判所は、少量の大麻使用は処罰に値しないと判断している。
七 わが国においては、もちろんこのような判例もなく基準もないのであるが、少量の大麻樹脂の使用であっても、社会的な被害が発生するということがいえるのか、それは証明されていないと考える。
憲法第三一条は適正手続き条項と言われる。罪刑の法定が適正であるためには、罪刑の均衡が要請される。この罪刑の均衡は立法だけでなく、裁判に際しても認められなければならない。それぞれの事案において、これに相応な刑が量定されなければならない。
八 本件は、三九・〇七グラムの大麻樹脂を自己使用のために持ち込んだ事案である。前述ドイツ州政府の基準では、四日分である。被告人のインドでの一日使用量五グラムの八日分である、これを使用したとしても社会的被害が生ずるとも限らない持込に対して、検察官求刑の懲役二年六ヶ月の如き刑罰は勿論、懲役刑の実刑の如きは刑の均衡がないものであると考える。