【資料】

大麻取締法の問題点
(違憲論を巡る最高裁判例の問題点)

大麻取締法の問題点(違憲論を巡る最高裁判例の問題点)


【資料1】 1948年、大麻取締法が制定された経緯について説明した、当時の内閣法制局長官による回想文。最初は占領軍の圧力で大麻取締法が制定されたこともあり、1952年の主権・独立回復後、廃止論も出されたが、1960年代になると逆に大麻取り締まりの強化が必要になったということを力説している。日本の大麻取締法の性格が、当初は農作物の規制としてとらえられていたが、その後、薬物規制という面に変わっていったことが分かる。
「大麻取締法と法令整理」(林修三(前内閣法制局長官))『時の法令』
財務省印刷局編 1965年4月 通号530号掲載

【資料2】 1985年、大麻の有害性について、最高裁が初めて判断を示した裁判例。大麻取締法が違憲だと主張した弁護人(上告趣意一部掲載)に対し、最高裁は「大麻が所論のいうように有害性がないとか有害性が極めて低いものであるとは認められないとした原判断は相当である」と述べ合憲とした。
「大麻取締法は憲法一三条、一四条、三一条、三六条に違反するか(消極)」(判例時報1165号183頁より)
大麻取締法違反、関税法違反被告事件、最高裁 昭六0(あ)四四五号、昭60・9・10 一小法廷 決定、上告棄却、裁判集登載
一審千葉地裁昭五九(わ)八六七号、昭59・10・8判決、二審東京高裁昭五九(う)一六九四号、昭60・2・13判決

【資料3】 1985年、大麻の有害性を肯定して大麻取締法の違憲論を退けた二つの最高裁決定。この最高裁決定により、それまで裁判で争われてきた大麻の有害性に関する議論は、これで裁判実務上、決着をみたとされた。一方、法学者の解説では、「しかし、「有害性」の内容、大麻取締法をめぐる憲法議論において、それがどのような意味をもつかについてはなお検討が必要であろう。」という疑問も付されている。
「大麻の有害性を肯定して大麻取締法の違憲論を退けた最高裁決定」(法学教室64号110頁より)  
 
  (A) 最高裁昭和六〇年九月一〇日第一小法廷決定(昭和六〇年(あ)第四四五号 大麻取締法違反、関税法違反被告事件)(判例時報一一六五号一八三頁)
  (B) 最高裁昭和六〇年九月二七日第一小法廷決定(昭和六〇年(あ)第四四五号 大麻取締法違反被告事件)(判例集未登載)

【資料4】 1990年に刊行された『注釈特別刑法(第八巻)』の医事・薬事法・風俗関係法編 第六章「大麻取締法」の「罰則」の章の一部引用。大麻取締法が違憲であるか否かのポイントとして「薬物の有害性が、一定の許容できる限度内にあるということが明確に証明されていない限り、その使用等を禁止したからといって、憲法違反の問題は生じてこない」という見解が示されている。
「有害物質に対する規制は、……立法者の裁量範囲に属するものといえよう」、あるいは「大麻の規制に合理的根拠が認められる以上、大麻に対する規制の範囲、それに如何なる刑罰をもって挑むかは原則として立法政策の問題であり、立法の権限に属する事項である」といった記述は、1985年の最高裁による大麻取締法を合憲とした決定を踏まえ、大麻が有害であること、規制に合理的根拠(=有害であること)があることを前提とした上で、規制の範囲を決めるのは立法の問題だとしている。しかし、大麻が有害であるという当時の前提に誤解があった場合、これらの見解はもちろん、合憲とした決定自体も見直されるべきである。他方、当時の時点で既に「大麻の有害性が従来考えられていた程のものではないとすれば、立法政策として罰金刑を復活させる余地はある」という折衷案のような見解も出されていたことは注目すべきだろう。
「第六章 大麻取締法」(吉田敏雄)、『注釈特別刑法(第八巻)』(伊藤栄樹、小野慶二、荘子邦雄編著/立花書房/1990年)所収

【資料5】 1992年に刊行された『注解特別刑法5II(第2版)』の「VII 大麻取締法」の「罰則」の章の一部引用。執筆者は当時、札幌地方裁判所判事。「大麻の解禁があるとすれば今後の調査・研究の推進とそれに基づく慎重な検討を経たうえで肯定される場合に限られるといえる」という認識は、85年の最高裁による大麻取締法を合憲とした決定を踏まえたものであり、【資料4】と共通するが、「大麻の解禁」の可能性に言及している点が注目される。その場合の最も中心的な論点は、大麻の有害性の有無にあることが示されている。また、この文章の執筆当時(1992年)、列挙されている大麻の有害性に関する症例の中には、今日、否定されているものも含まれている。総じてアルコールの有害性をあげても同様な症状は列挙できるようなものばかりである。
「有害物質に対する規制は、単にその有害性のみでなく、当該物質の摂取の歴史、社会生活への定着度、その有害性に対する知識・経験・対応策、取締の難易・効果など多面的な検討のすえに行われるものである」という認識については、突き詰めると実質「大麻の解禁」を求める社会的世論の大きさが検討材料になっているということになる。
また大麻取締法が罪刑の均衡(憲法三一条・三六条)に反しているので違憲であるという論点を否定する際、法定刑の比較をした後、「憲法三一条・三六条に違反するものではないと解する」と結んでいるが、一般市民が刑事事件の被告として逮捕され有罪刑を受けることの「極度に苛酷」さから目を背けていると言わざるを得ない。
最後に「しかし、大麻の有害性がかって考えられていた程のものでないとすれば、……選択刑として罰金刑を復活させることが考慮されてよいと思う」という記述は、【資料4】と共通する折衷案であるが、その底流には現行の大麻取締法の刑罰がバランスを欠いたものであるという疑念が拭えないでいることが読み取れる。
「VII 大麻取締法」(植村立郎)、『注解特別刑法5II(第2版)』(平野竜一(等)編/青林書院/1992)所収

【資料6】 1994年、ドイツの連邦憲法裁判所は、少量の大麻製品の非常習的な自己使用目的の行為については、訴追を免除すべきであると判示した。法学者の解説では「なお、わが国でも、大麻取締法の合憲性について、裁判でしばしば争われてきたところであるが、1985年に最高裁判所が大麻の有害性を肯定して以来、実務上はすでに決着がついたとみなされているようである。学説上もこの決定に対して正面から異を唱えるものは存在しない。連邦憲法裁判所の本決定は、この再検討を促すものであろう。」と評されている。
「ハシシ(Cannabis)決定−薬物酩酊の権利?」(工藤達郎(中央大学教授))1994年3月9日連邦憲法裁判所第2法廷決定/連邦憲法裁判所判例集90巻145頁以下/BVerfGE90,145,Beschluβ v.9.3.1994/『ドイツの最新憲法判例』(信山社/大学図書)より