桂川さん裁判大阪高裁判決を前にして

桂川さん裁判大阪高裁判決を前にして

カンナビスト運営委員会
2005.03.09

1.高裁裁判での論点

3月11日、午後4時から大阪高裁(1003号法廷)で桂川さん事件の判決があります(※注)。昨年9月8日の初公判、第2回10月13日、第3回11月24日、第4回1月14日、そして3月11日の判決となりました。高裁の審理では、大麻には「有害性」があるのか、ないのかが大きな論点になりました。

2.弁護側と検察側のやり取りの大まかな流れ(ポイントをつかむために)

9月8日、初公判。桂川さんは、一審判決は「一方的な大麻への偏見を持たれた独善的な判決だと思いました」と述べています。その理由として、大麻の有害性は「公知の事実」と判決文では言い切っているが、何の根拠もなしにそのように判断することは独裁・暗黒裁判に近いと述べました。その他、桂川さんは弁護人の質問に答えて、海外の大麻の自由化状況、平成10年に厚労省に大麻の規制問題に関して話し合いに行ったこと、取り調べにあたった麻薬取締部の捜査官と長野県警の警察官の大麻に対する認識の違い、桂川さんの地元池田町での生活、劣悪な環境の大阪拘置所で1年以上勾留されていることの辛さ、家では家業や家事を担っていたことなどを述べました。また弁護側から、一審の裁判では検察官も大麻について有害であるという立証を何もしていないと指摘しました。

10月13日、第2回公判。桂川さんは、自分の20年来の大麻体験を基にして大麻には害がないと述べました。厚労省の「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」ホームページに書かれているような、体への害が大麻で起きるのか弁護人がひとつひとつ尋ね、それについて桂川さんが、体験を基に否定していきました。また弁護人の質問に答え、大麻が日本の中で、音楽やアート、スポーツ界など社会的に定着していることと述べました。これは、過去の裁判で、アルコールは社会に定着しているが、大麻はそうではないので、有害性の有無という面だけからは、アルコールと大麻は比較できないという判例が出ていることに対する反論という意味がありました。

検察側からは「捜査報告書」(9月28日付け)という大麻の有害性を立証することを目的とした資料集が法廷に提出されました。これは桂川さん、弁護人から大麻の有害性について一審判決でも、検察からも大麻の有害性の立証がないではないかという追及に窮して出されたものです。

11月24日、第3回公判。弁護人から検察に対し1.大麻によりどのような害悪が起きているのか具体的証明を求める、2.上記の捜査報告書の一部として提出された厚生労働省外郭団体財団法人「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」ホームページに載っている情報の出典を求めるという「求釈明」が出されていましたが、それに対する検察官の返答がありました。

1については釈明の必要がないと思慮するので釈明しない、2については「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」に問い合わせたところ回答をもらえなかったので、釈明しないというものでした。この検察の返答は大きな意味を持っています。というのは、「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」の公表している大麻の「有害性」が、根拠のない情報だということが法廷の場で明らかにされたからです。

桂川さんは、弁護人の質問に答えて、大麻自由化に関する持論を意見を述べました(「高裁裁判での桂川さんの陳述から」参照)。その他、取り調べにあたった近畿麻薬取締部の捜査官は大麻は無害であるという認識を持っていたこと、今の時点(拘留中の2004年11月)でも自宅には大麻が野生化して生えているが警察も厚労省も何も言ってこないこと、ヨーロッパのオランダ、スイスで大麻がどのように扱われているか現地を訪れて見聞してきたこと、バッドトリップといわれる現象についての心理的な説明、アルコールは暴力的になる人もいるが大麻は平和的に心が穏やかになるといったことを述べました。

1月14日、第4回公判。ふたりの弁護人から弁論があり、丸井弁護士は、大麻取締法はその制定過程が適正なものではなかったという趣旨の違憲論を述べる。金井塚弁護士は、検察側が法廷に提出した「捜査報告書」に対する全面的な反論を行う。

3.この裁判を通し、大麻の非犯罪化との関わりで明らかになってきたこと

(1) 大麻の「有害性」を立証する資料を国が出してきたことについて

公判の中で被告・弁護側から再三、検察は大麻の有害性について立証をしていないと述べてきたのに圧されて、検察は「捜査報告書」を法廷に提出しました。これまでは、被告・弁護側から大麻には人に重い刑罰を科すような有害性はないと訴えても、検察は、法律(大麻取締法)に則って職務を遂行しているという姿勢でいました。今回、桂川さんの裁判では、地裁から高裁に至るまで、公判の度に被告・弁護側から大麻には有害性が事実上ない(あったとしても軽微)と訴えてきましたが、その力に圧されて何らかの証拠(「捜査報告書」)を出さざるを得なくなったということでした。

「捜査報告書」は、以下の4つの公刊物のコピーを冊子にしたものです。1.厚生労働省外郭団体 財団法人「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」ホームページ抜粋。2.「薬物事件執務提要(改訂版)」最高裁判所事務総局刑事局監修。3.「薬物事犯に関する裁判例」警察庁生活安全局薬物対策課。4.「欧米諸国における薬物解禁論の非論理性と危険性」警察学論集第50巻第5号ないし第8号。

国が大麻は有害なものであると見なし、取締りをしている根拠は、この『捜査報告書』に示されているだから、これを論破することは、大麻の規制・取締りの根拠を覆すことであり、カンナビストは、昨年、その作業を集中的に行なって反論を作成しました。その反論は、桂川さん裁判の弁護に活かされました。

反論の内容は、多岐にわたり、かなりの分量になるので、細かな説明は省きますが、まず「捜査報告書」の4つの文献には、大麻には人に刑事罰を科すような著しい有害性があるとは書かれていないということを指摘することができると思います。4つの文献の中で大麻の有害性を最も強く主張していたのは「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」ホームページでしたが、それは法廷でも情報の出典を示せないことが明らかになり信憑性がないことが証明されてしまった。

その他、大麻の有害性の立証とは無関係な警察行政のための資料や裁判の判例なども含まれていること。そして4つの文献とも1980年代からそれ以前の海外の情報に基づいて書かれている時代遅れの内容であることが指摘できます。

現在、高松高裁で進んでいる別の大麻取締法違反事件の高裁審理でも、検察側から「報告書」という資料が法廷に提出されています。この「報告書」は、2つの公刊物のコピーを冊子にしたものですが、桂川さん事件で検察が出してきた「捜査報告書」と一部重なっています(「欧米諸国における薬物解禁論の非論理性と危険性」警察学論集第50巻第5号ないし第8号)。このような動向は、大麻の有害性を巡る議論が司法の場で争われるようになってきたことを示しています。

(2) 法廷で「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」の大麻情報には根拠がないことが明らかになりました

11月24日、第3回公判で、「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」の公表している大麻の「有害性」が、根拠のない情報だということが明らかになりました。これは公判調書にも記されています。

少し遡りますが、2004年、厚生労働省に対し情報公開法に基づき、大麻の有害性について情報開示請求を行っています。その回答(公文書)によれば、日本国内では大麻が原因による二次犯罪は起きていないこと、大麻が原因の各種の病気・健康障害は起きていないことが明らかになっています。また厚労省は、1990年代以降に欧米の公的機関・議会などで発表された大麻の有害性・安全性に関する主要な研究や非犯罪化の事例16項目のうち15項目は何も情報を持っていない(2004年1月のイギリスの非犯罪化に関する情報1項目については、厚労省関係の冊子で僅かにふれている)ことが明らかになっています。つまり国内で大麻の有害性を示す実例はないこと、海外の新しい研究や調査について国はほとんど把握していないということが情報開示請求から明らかになっています。

これらの事実をまとめると、ひとつには情報開示請求によって、そして桂川さん裁判の公判によっても「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」による大麻を有害視した情報は、根拠のない虚偽であるということが明らかになりました。

4.高裁裁判での桂川さんの陳述から

(一審判決を独善的だと思う理由について)「弁護士先生なりから、大麻の有益性、無害性の、数多くの証拠書類が出されているにもかかわらず、大麻の有害性を公知の事実であると言い切っております。何の根拠もなく公知の事実と言い切ってるのは、独裁、暗黒裁判に近いものを感じます。根拠をはっきりしてもらいたいと。」(第1回公判)

(実効性のない日本の大麻規制に反対するという被告の持論について)「はっきり言って、大麻喫煙者はだれも悪いとは思っておりません。これを刑罰をもって規制することこそ権力による犯罪だと信じております。」(第3回公判)

(どうして法廷で真実が述べられてこなかったか?)「(被告が)はっきり本当のことを言うと、けしからん、反省していない。まあ、そういうことでもって不等に重い量刑が科せられる。そしてかつての弁護士も大麻のことはよく知らない、法律がそうなっているから、まあ謝って、二度としませんとうそを言って、そしてさっさと予定調和的に裁判を切り上げて、こんなばかなことで牢屋に入れることこそ、ばかなことはない。うそを言って、さっさと牢屋から出た方が賢明であると。それが今までの世の中の常識であったし、賢明な大人の分別だと、そういう一般常識でした。いつまでたってもこれはやみません、こんなばかげたことがやみません。」(第3回公判)


(※注)桂川さん事件……長野県で印刷業を営んでいた桂川直文さんは、2003年7月14日、厚労省近畿麻薬取締部に大麻取締法違反で逮捕された。桂川さんは以前から大麻自由化を主張してきた人物として知られる。1998年から2000年までは大麻取扱者免許も取得していた。数度の家宅捜査により自宅から大麻以外の規制薬物も微量ながら押収され、大麻取締法、麻薬及び向精神薬取締法、覚せい剤取締法などで起訴された。9月からの裁判では、検察による追起訴、追追起訴が繰り返され、事実上、審理に入ったのは12月からだった。2004年4月14日の大阪地裁判決では、懲役5年、罰金150万円という判決を受けたが、大阪高裁に上告していた。