岐阜県高山市に住むSさん(45)は、99年8月5日大麻取締法の容疑で逮捕された。乾燥大麻の所持約3.12グラム、大麻草331本(そのうち12本は友人と共同)の栽培で起訴され、高山地裁の一審判決は懲役2年。未決勾留通算150日(5カ月)を差し引いた1年7カ月の懲役になった。Sさんは前年にインド旅行からの帰国時に関西空港でヘロインとオピウム(阿片)の所持が見つかって逮捕されており、2年6カ月の懲役(執行猶予4年)の判決が下りて、保護観察中であった。
執行猶予期間中に逮捕されたSさんは、今回の判決による1年7カ月の懲役に2年6カ月が加算され、4年1カ月の懲役になってしまった。現在(2000年6月)、控訴しているが高裁でどのような判決が出るか予断を許さない状況下にある。
この事件について、一つ一つの「法律違反」は確かに事実だろう。98年にヘロインとオピウムを所持していたこと、そして執行猶予期間中の99年に大麻を所持していたことも事実のようである。しかし、それは、ひとりの人間を4年間も刑務所に入れるだけの重罪なのだろうか。
現在、違法扱いの薬物「ヘロイン」「オピウム」「大麻」などの薬物名が列挙されると、Sさんは、なんだか凄く危ない犯罪をしでかしたような印象を受けるかもしれない。しかし、事件の実態を見ていくとそれとは違う実像が浮かび上がってくる。
例えば98年に帰国時に見つかったヘロインは〇.数グラム、オピウムは2〜3グラムだったという。ヘロインやオピウムは麻薬として取り締まられている。但し、彼が持っていたのは個人使用としてもごく微量で、他人に売買するような可能性はなかった(あえて言えば、ヘロインやオピウムで健康に被害を被るのはSさん自身であった)。
また大麻草331本の栽培というと何だか大事のような印象を受けるが、地元に住むSさんの友人に話を聞いたところ、大麻草のほとんどは、もともと裏山に自生していたものをSさんが自宅の近くに移植させただけのもので、とても「栽培」といえるような代物ではなかったという。8月はじめの押収時にやっと50〜60センチぐらいの高さ(成長の早い大麻草としては生育不良の状態)のひょろひょろの大麻で、仮に収穫しても十分な効果があったか疑わしいという。
このように見ていくと、結局、Sさんは、3.12グラムの乾燥大麻を持っていたということで裁かれたと言っても過言ではない。その3.12グラムの乾燥大麻とは、僅かタバコ3本ぐらいの重量にすぎない。 大麻には懲役刑で罰せなければならないような著しい有害性はないと、わたしたちは訴えてきた(「Cannabis
News」1、2号及びインターネットのホームページ参照)。こういった認識はオランダをはじめヨーロッパの主要国の共通認識になろうとしている。いま成熟社会の新しいモデルとして注目されているオランダでは、大麻の個人使用が認められている。オランダでは、医学的立場からヘロインや覚せい剤のような健康に重大な害を与える「ハード・ドラッグ」と大麻のようにさほど害のない「ソフト・ドラッグ」を分けて考えるようになっている。
さらに大麻は有害どころか、逆にイギリスやアメリカではこれまで有効な治療薬がなかった患者に、大麻が医薬として有効なことが確かめられるようになり大きな話題になっている。
酒やタバコと比べても有害性が高いとはいえない大麻を3.12グラム持っていただけで、なぜ4年も刑務所に入れられなければならないのだろうか。
Sさんは友人で地元出身のYさんと同居していたのだが、Yさんも8月5日、同時に逮捕されている。その後、Yさんは執行猶予判決を受けたが、取り調べ中に刑事から、警察は6月頃からSさんたちの家の周辺を張り込み、ヘリコプターによる空中撮影までしていたという話を聞いている。どうやら岐阜県警はSさんたちを大規模な大麻栽培組織と勘違いしていたようなのだ。当然のことながら、実態はSさんが大麻を個人的に好きだったというだけで、取り調べの中で、Sさんが大麻を密売をしていたことも、あるいはそんな計画も一切なかったことが明らかになった。こういった背景から、穿った見方をすれば、当てが外れた警察は事件を大きく見せかけるためにもSさんに331本の大麻栽培という罪を押しつけたということも考えられる。
Sさんは、執行猶予中に逮捕されるようなことをしたという意味では社会性に疎いところ、軽率なところがあったことは否めないかもしれない。音楽好きだったSさんは、40代になってから現代の競争社会に疑問を持つようになり、ドロップアウトして山村で暮らすようになった人だという。Sさんを知る友人は、彼がお人好しの善人で、正直な人柄だったと語っている。Sさんは、誰を傷つけたわけでもない。大麻を人に勧めたり、売りさばいていたわけでもない。これまでの人生で暴力団などの組織犯罪と関係していたことも一切ない。Sさんは、ただ大麻が好きだっただけだ。
このようなSさんに対し、法律を杓子定規に当てはめた末、4年間も刑務所に入れようというのは、どこかおかしいのではないか。何かが間違っているのではないだろうか。
「近代刑法は犯罪の大小と刑罰の軽重との均衡を要求する」(村井敏邦『刑法』)という。Sさんが法律を犯したのは事実としても、その刑罰はあまりに過酷すぎるのではないか。
Sさんの境遇は人権侵害といっても過言ではない。この国では、大麻を好きだという人間には人権がないのだろうか。
日本国憲法は、基本的人権と個人の幸福追求の権利を認めている。憲法は国の最高の基本的法規であるが、基本的人権と個人の自由・幸福追求について次のように述べている。
「国民は、すべての基本的人権の享受を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」(日本国憲法第11条)
「すべての国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」(日本国憲法第13条)
この条文を読むと、とても立派な理念が述べられている。しかしSさんは、この憲法の理念に反する境遇に置かれているではないか。
平成10年に政府の「薬物乱用対策推進本部」は、日本が「第三次覚せい剤乱用期」だとして、薬物対策を積極的に推進することを決めている。わたしたちは、違法薬物とされている全てについて問題にしているわけではない。現在、覚せい剤は「覚せい剤取締法」で規制されており、ヘロインやオピウムなどは「麻薬及び向精神薬取締法」で規制されている。わたしたちは、それらの違法薬物について問題にしているのではない。有害性が少ない大麻まで、覚せい剤や麻薬と一緒に違法薬物にされていることを問題としているのだ。
わたしたちは大麻(マリファナ)をヘロインや覚せい剤などの違法薬物と切り離して考えるべきだと訴える。現在、大麻は「大麻取締法」という法律で規制されているが、わたしたちは今後、少量の大麻を個人が自己使用の目的で所持・栽培していた場合に限り、規制の枠から外すように提言する。
大麻を認めると、それが他の違法薬物に手を出す入口になるのではないかという危惧(「踏み石理論」、または「ゲートウェイ理論」という)を耳にすることがあるが、それは杞憂である。WHO(世界保健機構)やアメリカ政府の研究でも大麻の使用が、他の違法薬物の使用に結びつくという説は否定されている。
平成10年に大麻取締法により罪に問われた人は1591人(平成11年度版『犯罪白書』の「検察統計年報」より)に上っている。このような理不尽な状況を一刻も早く改善しなければならない。(6月26日記/奇しくもこの日は「国際麻薬乱用撲滅デー」とのこと。麻薬乱用の範疇から大麻を切り離して、酒やタバコと同レベルの扱いになる日が来ることを願う)
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