朝日新聞社説(11/4)への意見書


 11月4日付けの朝日新聞社説「若者と大麻 興味本位の代償の大きさ」に対して、以下の意見書を送付しました。

 


朝日新聞社説「若者と大麻 興味本位の代償の大きさ」(11月4日)への意見書

朝日新聞社
 代表取締役社長 秋山耿太郎 様
 社説担当者 様

2008年12月5日
カンナビスト運営委員会

 前略
 わたしたちは現在の大麻の取り締まりの見直しを訴えて活動している市民団体です。

 朝日新聞の11月4日の社説を拝見しました。この間、大学生の大麻事件が連続的に起きており、こんなことで将来を棒にふることがあってはならないと若者に呼びかける気持ちは共感します。
 しかし、わたしたちからすると、「法律を守らなかった代償は、はかりしれないほど大きい」と述べるだけでそれ以上、大麻問題について語ろうとしないことに歯がゆさを感じます。この問題の最も核心的な部分については、目を背けているように見受けられます。

(一)
 はじめに気になった点をふたつほどあげておきます。ひとつは、「大麻取締法では所持や栽培は規制されているのに、使用についての規制がない。」と使用罪の導入が必要であるかのような指摘についてです。
 大麻取締法は、大麻の所持について5年以下の懲役、栽培について7年以下の懲役と、世界の主要先進国の中でも飛び抜けて重い刑罰を科している法律であり、さらに適用範囲を広げることは、果たして人権的に問題がないのでしょうか。
 若い学生の身を案じていながら、すぐその後で、使用罪の新設を示唆するのは、矛盾した考え方です。
 大麻に限らず薬物の問題を考えるとき、仮に心身の健康を害したり、依存症になってしまった使用者が生まれたとしたら、それは治療を必要とする患者です。薬物問題に刑事罰で対処しようとうする方策は、文明世界の趨勢に反した人権無視の考え方です。
 事実、いま刑務所の過剰収容が問題になっていますが、受刑者の4分の1は覚せい剤関係の薬事犯であり、再犯者があまりに多いことから刑事罰を科する方策の行き詰まりが指摘されているのです。逮捕による失職、そして再就職が困難なことが再犯の原因になっているという指摘があります。もし、大麻取締法の罰則を強化したならば、問題はさらに深刻化するばかりです。
 大麻について、主な先進国を見ると、営利を目的としている供給者に対して刑罰を科す国はありますが、使用者に刑事罰を科すという議論を持ち出すのは日本だけであると言っても過言ではありません。新聞が、社会を誤る道に導くことになると指摘しておきます。

 ふたつめに、「さらに心配なのは、大麻がほかの不正な薬物への入口になるケースがあることだ。たとえば大麻の売人から、依存性の強い覚せい剤などを勧められることもある。」という一節も気になりました。
 大麻が「大麻がほかの不正な薬物への入口になる」という説、通称ゲートウェイ・ドラッグ説は、近年、大麻の有害性はそれほど高くないということが、一般的にも国民の間で知られるようになってきたことから、取締りの根拠として、持ち出されるようになってきた仮説です。
 ここでは要約して述べますが、ゲートウェイ・ドラッグ説は、厚労省が過去に行った委託研究でも、アメリカの公的研究でも否定されています(注1、2)。一見、もっともらしく見えるのは、疑似相関の関係を大麻に対する誤解や偏見により、あたかも事実であるかのように受けとめてしまうということです。
 ふたつほど気になったことを指摘しましたが、わたしたちは、根ほり葉ほり社説のあら探しするつもりはありません。わたしたちがお伝えしたい本題は、次のようなことです。

(二)
 「そんな事情に加え、大麻が違法とされていない国もあるせいか、そもそも罪の意識に乏しい若者も多い。」と書かれていますが、罪の意識に乏しいのは当然であるとも言えます。
 大麻事件の逮捕者たちが、日本の法律に違反して逮捕されているのは事実であり、そのほとんどは有罪判決を受けています。それは、いわば事実関係に属することですが、刑事手続きがどれほど適正であっても、処罰の必要性のない行為を処罰し、他の明白な犯罪行為に比較して異常な重罰を科するなど、刑罰の内容そのものに問題があるならば、それ自体、刑罰権の濫用だと思います。
 ここで刑罰権の濫用を大麻の問題に当てはめることは、不自然でしょうか。社説の見出しには「興味本位」という言葉が使われていますが、しょせん面白がってやっていること、面白半分の遊びでしかない、あるいは、せいぜい嗜好品の問題にすぎないということでしょうか。そういった類の問題は、まじめな議論として取り上げるには値しないと考えられているのでしょうか。
 わたしたちは、大麻で逮捕され学籍を失い、人生を傷つけられる若者たちは大麻取締法の犠牲者であると思っています。それは人権の問題であると訴えてきました。
 この数年、大麻取締法による逮捕者数は増え続けている一方、健康被害が出ているわけでもなく、治安を悪化させる二次犯罪が出ているわけでもありません。大麻をきっかけに、覚せい剤など他の薬物に手を出す者の数が増えているわけでもありません。このことは公的な資料からも明らかになっている事実です。
 事実、一連の大学生の大麻事件でも、彼らの中から大麻によって健康を害したり、学業が妨げられたといった者が出ていたのでしょうか。彼らの中から覚せい剤に手を出してしまった者が出ていたのでしょうか。心身、学業、人生にとって最も大きな痛手は、逮捕されたこと、それをメディアで報じられたことだったはずです。
 大麻の「有害性」を啓蒙するといっても、客観的に根拠ある有害性、つまり人に刑事罰を科さねばならないほどの有害性は誰も示せません。逆に、国やその関係団体は、根拠のない誇張された「有害性」を啓蒙しているのではないかと、信憑性を疑われています。

(三)
 大麻取締りは、何のために逮捕しているのか、突き詰めていくと、その理由が見あたらないのです。今の大麻の取締りは、これまでの大麻規制を正当化するために、物事の道理に反し無理を押し通そうとしているかのように感じられます。このような無理を押し通すことにより、年間2000人以上の市民・学生が逮捕され、仕事や学籍を失っている悲劇に気づくべきです。
 わたしたちは、大麻事件で逮捕された経験のある人たちの声を聞いています。ほとんどの人は、ごく普通の会社員、自営業者、フリーター、学生、つまり普通の人たちでした。彼らは、家族に迷惑をかけたことを反省していますが、大麻取締法には理不尽な思いを持っています。こういった人たちの胸の内を、心の痛みを理解できないでしょうか。これからも、こんな悲劇を繰り返していていいのでしょうか。

 大麻問題を解決するためには、「有害性」のそれほどないものに対して、過剰とも言える重罰を科している現実を改め、大麻を犯罪ではなくすことこそが求められているのだと指摘します。
 少しだけ補足しますと、わたしたちは大麻に何の規制も必要ないと言っているのではありません。大麻はタバコがそうであるように10代の青少年は手を出すべきではないと思います。また、営利的な売買には規制が必要ではないかと思います。これはわたしたちの意見ですが、社会が大麻をどう扱うべきか、賛否両論を国民の前で議論すべきではないかと考えています。
 今のマスメディアは、社説がそうであるように、一方的に国の、行政の意見だけを報じています。政治、社会外交のいろいろな問題がマスメディアで取りあげられている中で、大麻の問題だけは、ほとんど唯一、国の、行政の意見だけしか報じません。
 国民の多くは、マスメディアを通して世の中の問題を知り、理解しています。当のマスメディアが、大麻の問題を報じることを自主規制している現状は、ほとんど独裁国家と変わりません。このことは、非常に大きな問題です。

 昨年は大学ラグビーの有力校で大麻事件があり、今年、夏に相撲界で、秋には大学生の大麻事件が連続的に起き、その度に、メディアは大きく取りあげ、逮捕者を指弾しています。こんな報道を繰り返していながら、大麻自体、本当に有害なものなのか、どこが悪いのか、マスメディアはふれようとしません。
 現在のマスメディアは、大麻問題に関して、報道の不作為とも呼ぶべき状況にあることを自覚すべきです。問題に気づいていながら、あえて積極的な行動をしないことを不作為と言いますが、薬害エイズ問題やハンセン病の隔離政策の問題で、厚生労働省は、行政の不作為だとマスメディアから追及されました。大麻の問題では、厚生労働省だけでなく、マスメディアも共に不作為であると言わざるを得ません。
 これまで大麻について報道してきた内容と相反するわたしたちのような意見をあえて無視しているかのような印象すらあります。
 もういいかげん、このような不誠実な報道姿勢を改めるべきではないでしょうか。わたしたちは、大麻の問題をメディアと対話しようと望んでいます。

カンナビスト運営委員会
〒154-0015 東京都世田谷区桜新町2-6-19-101
TEL/FAX:03-3706-6885

【注】
(1)「大麻乱用者による健康障害」(依存性薬物情報研究班)
(2)Institute of Medicine, 1999, Marijuana and Medicine. 全米医学研究所(IOM)の報告書

【カンナビストについて】
 日本の大麻(マリファナ、カンナビス)取締りは、著しい有害性は認められない大麻に対し過剰に厳しい刑罰を科しており、年間3000人以上の市民が逮捕されている状況は公権力による人権侵害であると訴えている非営利の市民運動。
  設 立:1999年7月1日
  会員数:4,646人(2008年11月30日現在)
  ホームページ http://www.cannabist.org/