11月3日付けの読売新聞社説「慶大生大麻事件 憂慮される汚染の広がり」に対して、以下の意見書を送付しました。
読売新聞社説「慶大生大麻事件 憂慮される汚染の広がり」(11月3日)への意見書
株式会社 読売新聞東京本社
代表取締役社長 老川祥一 様
社説担当者 様
2008年11月21日
カンナビスト運営委員会
要旨
11月3日付け、読売新聞社説「慶大生大麻事件 憂慮される汚染の広がり」に、客観的でない文面が見られますので、指摘し、訂正を求めます。
理由
「財団法人「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」は、大麻を乱用すれば深刻な身体的、精神的影響が出るとして警告を発している。大麻の怖さについて、もっと周知していくことも大切だろう。」
1、「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」の見解と、誤り
社説に上記の記述がありますが、近年、欧米の研究機関や、議会に提出された報告書の多くでは、大麻の「身体的、精神的影響」は、アルコールを含む多くのドラッグよりも低いと位置づけられており、「深刻」な害があるとは一概に言えません。
しかし、日本の政府機関や「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」は、大麻の有害性を叫びながら、大麻の薬学的・疫学的研究については、ほとんど調べておりません。私たちが行った情報開示請求や、大麻所持裁判で行われた検察による情報提供の要請にも、同センターは回答を提出することなく、特に90年代以降になされた研究や、海外の統計データにあたっていないことは明らかです(注1)。そして、残念ながら日本国内の医学者、薬学者の多くも、大麻についての最新の情報を、十分には調べていないと私たちは考えています。
2、近年の研究動向と、海外の施策
ところが、90年代以降、特にヨーロッパ諸国や米国で行われてきた研究成果は、日本の政府機関が旧来より表明してきた大麻の「有害性」とは、全く異なる知見を示しています。
例えばイギリス政府に研究を委託されているACMD(Advisory Council of Misuse Drug)の報告書では、アルコールが引き起こす社会的・身体的問題のほうが、大麻よりも大きいと指摘されています(注2)。
また、今年発表されたドラッグ問題を主に研究するBeckley Foundationの報告書では、アルコール、タバコ、大麻、コカインなどがそれぞれ、@社会的な問題を惹起する可能性、A人体に及ぼす影響、の二点に分けて考察されていますが、この中で、大麻はもっとも低い有害性を持つと結論付けられています(注3)。
これら以外にも、カナダ政府の委託を受けた報告書や、ドラッグ専門家による論文が多数、大麻の相対的な有害性の低さを実証、もしくは主張しています。しかし、日本の政府機関や「麻薬・覚せい剤乱用防止センター」は、こうした2000年以降の研究をほとんど調べておりません(注3)。そして、残念ながら日本国内の医学者、薬学者の多くも、大麻についての最新の情報を、十分には調べていないと私たちは考えています。
周知の通り、欧米ではこうした大麻の有害性をめぐる研究を受けて、多くの国では(カナダ、オランダ、スイス、ベルギー、ロシア、イギリスなど、ヨーロッパのほぼ全域と、北米の多くの州)大麻の個人所持を摘発しないか、あるいは罰金刑に引き下げています。
今年に入ってからも、アメリカのマサチューセッツ州やミシガン州などで、大麻所持の罰則が引き下げられ、罰金刑への移行や、医療使用を認める施策が実施されようとしています。
3、大麻の罪刑について
また、社説中に「大麻を使用した場合の罰則もない」ことが問題であるとの文言があります。これは、私たちからすれば、大麻の主成分(THC)に関する知識が不足していることによる、誤った見解です。
大麻の薬理効果はTHCによって概ねもたらされますが、この物質は、尿検査で半月から一ヶ月程度検出されるものです。したがって、大麻喫煙が事実上認められている国から、日本に旅行した外国人の多くが、尿検査による「使用罪」で摘発されてしまう事例が頻出するものと考えられます。さらに、THC成分を含む薬物の幾つかが、海外で認可されていますが、そうした医薬品の使用によって、冤罪が引き起こされてしまう可能性があります。
そして、大麻に使用罪がないことの政治的な理由としては、そもそも日本の大麻取締法は、米国の大麻規制法を「ポツダム命令」の一つとして占領時に導入することが決定したため、米国の法律を単純に翻訳しただけの条文であるということがあげられます。
米国は禁酒法の後に、マリファナ課税法を成立させましたが、これは薬学的理由ではなく、第一に、プロテスタント的な価値観に反するからという理由と、第二に、大麻を主に使っていたメキシコ系移民へのバッシングという理由の二つがあったからだと歴史学者のR. J. ボニーが指摘しています(注4)。こうした政治的理由に基づいて、大麻を喫煙すると「死亡」したり「発狂(insane)」したりするとした啓蒙政策が、メディアを媒介として盛んに行われてきました。
4、大麻政策の転換と、その理由
ところが、2000年以降は、大麻規制の発祥地である米国においても、規制撤廃や医療使用を認める動きが活発になっています。2008年の11月、マサチューセッツ州やミシガン州など、9つの州において住民投票が行われ、大麻所持は駐車違反程度の罰金(100ドル)とされたり、医療大麻の使用が認可されたりしました。
いずれにせよ、大麻所持を厳罰化すればアンダーグラウンドマネーが増大し、さらに覚せい剤などの「ハードドラッグ」と大麻を、同じバイヤーが取り扱うことによって、結果的に「ゲートウェイ」効果(注5)が社会的要因によってもたらされることになります。しかし、注2や3で引用した報告書にも記載されていますが、大麻の薬理効果自体はゲートウェイ効果を持つものではなく、しばしばいわれる「覚せい剤への入り口」は社会的に引き起こされているものです。そして、厳罰化はこれを助長します。実際、オランダやイギリスなどで大麻が非犯罪化された後、ハードドラッグの使用率は低下傾向を見せています。
5、私たちカンナビストの見解と、お願い
もちろん、大麻は全く無害な物質ではなく、私たちは大麻の無害性を訴えたいわけではありません。そうではなく、アルコールや、タバコ、その他のドラッグと比較して、相対的に社会的あるいは薬学的な害は少なく、これに懲役刑を科すことは問題であると考えています。
幾つかの異なる見解がある場合、その一方だけを伝えることは、公正な報道を求められるマスメディアとしてあってはならないことです。ましてや、社説文中にもあるような「どれほど罪悪感があったのか。安易な気持ちだったとしたら、考え違いも甚だしい」といった、一方だけの価値規範に拠って逮捕者を道徳的にも断罪する姿勢は、本来マスメディアが持つべき「批判精神」とは縁遠いものであり、容認できません。以上の理由によって、訂正を求めます。
わたしたちは、いわゆる「薬物汚染」や薬物問題についてそれを放任することを望んでいるわけではありません。それが社会的な問題になっていることを認識し、適切な形で対応がなされるべきであると考えています。そしてその前提として、それぞれの薬物の特性、有害性などを客観的に捉えることが必要ではないかと考えています。
そうした議論を抜きにして、海外での異なる研究・政策状況を鑑みないまま、国内で大麻が「重罪」であるからとの理由で、大麻所持者に懲役刑を科し続けることは、人権問題であると私たちは考えています。たとえば、諸々の薬害問題やハンセン病隔離問題への対応が、この国で極めて立ち遅れていた原因は、政治や官僚制の問題とともに、自立した報道を行わず、政府見解を反復しがちなマスメディアにもあったのではないでしょうか。
私たちは、大麻問題が、ハンセン病、あるいは薬害問題と近しい人権問題であるとの認識から、大麻についての多くの研究を参照した上で、反対意見と真摯に向き合う報道を強く求めます。
脚注
(注1)「ダメ。ゼッタイ。」がホームページなどで公表している大麻に関する記述が実際に起きているのかを情報開示請求により問い合わせたところ該当するような症例は、事実上、起きていないことが明らかになっています。(厚生労働省発薬食第0408034〜43, 45〜52号、第0408033号。)
また、2004年11月、大阪高裁の大麻事件裁判の公判で弁護人から検察に対し「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」の公表している大麻に関する情報について、実際に大麻の害悪の具体的証明があるのか、出典などが明らかにするよう求めたところ、検察側の答弁は同センターに問い合わせたが回答をもらえなかったので、釈明しないというものでした。このように法廷の場でも「麻薬・覚せい剤濫用防止センター」の公表している大麻の「有害性」が、根拠のない情報だということが明らかになっています。(平成16年(う)第835号 大麻取締法違反事件 11月24日、大阪高裁公判。)
(注2)ACMD, 2006, Pathways to Problems; Hazardous use of tobacco, alcohol and other drugs by young people in the UK and its implications for policy.
これ以外のACMDによる研究報告も、同様に大麻の害を軽度なものとして位置づけています。
(注3)Beckley Foundation, 2008, The Global Cannabis Commision; Cannabis Policy: Moving Beyond Stalemate.
(注4)Bonnie, R. J., 1999, The Marijuana Conviction: A History of Marijuana Prohibition in the United States, Lindesmith.
(注5)ゲートウェイ効果、あるいは「踏み石理論」と言われる現象は、大麻などの「ソフト」なドラッグ使用が、必然的に「ハードドラッグ」への移行を促すとするものです。しかし、これは90年代以降の研究で、ほとんど反駁されており、薬理的な効果ではなく、厳罰化や、アンダーグラウンドでの結びつきといった、社会的要因によるものだと現在は考えられています。
■質問・回答送付先
カンナビスト運営委員会
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TEL/FAX:03-3706-6885
■カンナビストについて
カンナビストは、科学的に見てアルコールやタバコと比較しても有害とはいえない大麻に対して、現行の大麻取締法に基づく取り締まりや刑事罰、および社会的制裁は不当に重く「人権侵害」であるとの主張に基づき、大麻の個人使用の「非犯罪化」(刑罰の軽減化)をめざし活動している非営利の市民団体です。
カンナビストは、大麻に対する誤解や社会的偏見を正すことに主眼を置き、インターネットによる情報提供、ニュースレターの発行、定例会の実施、各種イベントへの参加をはじめとする啓蒙活動などを行っています。
設 立:1999年7月1日 会員数:4,602人(2008年11月1日現在)
ホームページ http://www.cannabist.org/
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