マスコミ各社への抗議と要望


 相撲界で起きた大麻事件に関する報道姿勢について抗議し、改善を求める文書をマスコミ各社に送付しました。

 


マスコミ各社 殿

2008年9月26日
カンナビスト運営委員会

力士による大麻使用に関する報道についての抗議と要望

 私たち「カンナビスト」は、人権を守る立場から、現在の日本における大麻取締りとそれに伴う社会的制裁は過剰なまでに厳しすぎることを憂慮し、その見直しを求めている市民団体です。(2008年9月現在の会員数は4,602名)。
 先頃、若ノ鵬、露鵬、白露山ら、ロシア出身の力士に対する事件報道を通して、日本相撲協会が同力士の解雇を決定したことを知りました。しかしながら、大麻所持で逮捕された若ノ鵬は起訴猶予ですでに釈放されており、また尿検査で陽性反応が出たことを理由に解雇された露鵬、白露山の2名については、本人たちが大麻喫煙を否定していることに加え、そもそも 大麻取締法の罰則には該当せず法的責任を問われる問題ではありません(注1)。
 私たちはこの解雇処分を不当に重すぎるものだと考え、日本相撲協会および関係機関に対する抗議文を送付しました(別紙参照)。

 今回の相撲協会の処分は、マスコミ各社による一連の糾弾報道が大きな影響を与えていると思われます。マスコミ報道が、相撲協会に対し重い処分を選択させる圧力になっていたことは明らかです。
 日本のマスメディアは、以前から大麻問題に関して、誤解と偏見に基づいた、極めて偏った報道をしてきました。今回の三人の若い力士の未来が閉じられるという、相撲協会が人の人権を否定する処分を下すに至った一因として、このような大麻報道があったことは明らかです。
 メディア報道の問題点について、私たちの見解を明らかにするとともに、これに抗議し、各社の反省と今後の改善を求めます。

報道に対する抗議と要望

(1)大麻事犯は、多くのヨーロッパ諸国や、ロシア、カナダ、オーストラリア、中近東などの国々において、現在、個人使用の摘発はほとんど実施されていないか、罰金などの科料が定められているだけです。
 三力士の出身国である北オセチアやロシアにおいても、大麻は日本におけるアルコールなどと同様、犯罪的なものとはみなされていません。現在G8諸国で大麻使用に懲役刑を科しているのは、日本とアメリカ(連邦法および一部の州法)においてのみです。
 しかし、マスコミ各社は、こうした世界情勢についてあえてほとんど触れないまま、あたかも大麻の使用が絶対悪であるかのごとく、画一的な批判に終始し、相撲協会の道義的責任を追及しています。
 本来は多角的な視座をもつべきマスメディアが、世界的に賛否両論が存在する問題において、一律な道徳観の押し付けにもとづく無責任な報道を続けていることを、私たちは強く危惧しています。一連の報道においても、ロシアやヨーロッパ諸国、あるいは露鵬が巡業中に使用を認めたと伝えられる米国ロサンゼルスにおいて、少量の大麻を所持、喫煙することで犯罪として扱われたり、社会的信用を大きく損なうようなことがないという事実について言及すべきであると考えます。

(2)これまでリンチ殺人事件など一連の不祥事が報じられるたびに、マスコミ各社は相撲界の体質が閉鎖的、封建的であると批判し、民主主義の法治国家である日本の一般社会と著しく乖離していることは問題であるとして、日本相撲協会にその体質改善を求めてきました。
 ところが今回、露鵬、白露山の2力士に対しては、前述のように法的には何の意味も持たない尿検査の結果を理由として、当人たちが頑として大麻使用を否認しているにもかかわらず、協会は「推定有罪」の判断をもって、解雇で応じました。
 この「推定有罪」の判断について、まぜマスメディアからそれを問題視する声が出ないのでしょうか。力士の解雇は、憲法違反ではないのでしょうか。労働法に鑑みて果たして正当な解雇なのでしょうか。センセーショナルな報道一色で、人権的な視点、民主主義の原則を忘れてもらっては困ります。この推定有罪の原則を社会全体で追認するかのような報道姿勢に、私たちは強い危惧を覚えます。

(3)昨今のマスコミ報道では、社会的に大勢を占める価値観を無批判に追認し、少数者の意見をほとんど取り上げないものが目立ちます。誰もが反対しない「悪者」をスケープゴートとして作り上げ、バッシングに対する反対意見を述べることすら困難な社会状況は、イジメの構造と同じであり、本来、批判精神を持って、公正な報道を行うべきメディアが行うことではないと考えます。
 大麻事件は、一般の刑事事件と異なり被害者のいない犯罪といわれます。果たして大麻を喫煙することが、強盗や傷害のように他者の法益を侵害することになるのでしょうか。力士たちが、どういった弊害を社会に与えたのでしょうか。こういった物事の筋道、道理に立ち返って考えてもらいたいと願っています。
 法律違反の疑惑があること自体が問題であると切り捨て批難する論者は、それによって社会的制裁を受ける人たちの痛み、いかに人を傷つけ、人権を侵害しているかに気づいてほしいと思います。
 人権を擁護する立場から、若い三力士の将来について、真摯に考える論調があって良いのではないでしょうか。解雇とは力士にとって、将来の可能性を全く絶たれてしまう死刑判決に値します。人の人生を根底から覆すような社会的制裁にマスコミ報道が影響を与えていることの重大性を自覚していただきたいと思います。

(4)大麻が覚醒剤やコカインなどの「ハードドラッグ」と比較して、社会的・身体的な害が著しく低いことは、近年多くの研究者によって主張されており、例えばイギリス政府やカナダ政府もそうした見解を肯定しています。
 しかし、日本における報道では、大麻についての研究や諸外国の政策について全く触れないまま、大麻使用が「凶悪犯罪」であるかのような前提で、一面的な報道が行われています。
 私たちは、近年の大麻研究から少なくとも以下のことは、妥当な結論として導き出せるものと考えています。A)大麻喫煙の依存性は非常に低い(注2)。B)大麻喫煙が、よりハードなコカイン使用などと結びつくという「ゲートウェイ」説は擬似相関であり、否定されている(注3)。C)大麻喫煙による身体的・社会的害は、タバコやアルコールと比較して、それらより高いものではない(注4)。D)暴力事件と相関関係にあるアルコールと比較して、大麻使用は暴力事件や交通事故率をほとんど高めない。
 また2004年3月、厚生労働省に対し情報公開法に基づき、大麻の有害性について情報開示請求を行いましたが、その回答(注5)によれば、日本国内で大麻が原因の各種の病気・健康障害は起きていないこと、大麻が原因による二次犯罪は起きていないことが明らかになっています。
 以上のような、医学的、疫学的研究結果について全く触れないまま、大麻使用の「危険性」を所与の前提とし、例えば大麻使用との因果関係がない当該力士の粗暴な行為などを選択的に報道するなど、世論誘導につながりかねない一方的なバッシングを行うことに対して、私たちは強く抗議します。

 ある事物に対する諸外国の研究成果が、日本国内で伝わっている言説と比較して、著しく齟齬をきたしている場合は、マスメディアによってそうした事実が報道されるべきであると私たちは考えます。ハンセン病の隔離政策の誤りや数々の薬害問題はそうして公にされました。マスメディアは厚労省の発表を後追いするだけの、準国家機関ではないはずです。
 マスコミ関係者の中には、大麻について、上で述べたような事実を理解している人も存在しています。にもかかわらず、行政当局や世論(その世論は、マスメディアが先導して作ってきたとも言えます)からの反発や批判を恐れるためか、それがまともに報じられることはありませんでした。
 マスメディアのこうした姿勢は、国の大麻取り締まりの旗振り役になっており、本来、逮捕されなくてもいいことで逮捕され犯罪者として扱われる一般市民、そしてその家族や友人らを苦しめている責任の一端を担っていると言わざるを得ません。
 毎年、著名人が関係する大麻事件が起き、その度に、今回のような一方的な大麻報道が繰り返される。その度に、誰かがスケープゴートになり、マスメディアは揃って一斉に糾弾する。10年、20年、そんなことを繰り返していながら、大麻自体、本当に有害なものなのか、どこが悪いのか、マスメディアはふれようとしません。
 現在のマスメディアは、大麻問題に関して報道の不作為とも呼ぶべき状況にあることを自覚すべきです。もういいかげん、このような不誠実な報道姿勢を改めるべきではないでしょうか。
 マスメディアが、国(官庁)の発表のみを議論の前提に据えるのではなく、賛否両論を含めた国民、識者、専門家の意見や諸外国の政策について多角的な議論を行うことこそ、民主的な国家の前提条件であると私たちは考えています。
 マスメディアが、より公正な報道を行うようになることを私たちは強く求めます。

カンナビスト運営委員会
〒154-0015 東京都世田谷区桜新町2-6-19-101
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電子メール:info@cannabist.org

(注1)大麻取締法、第24条、第1項より8項において罰則規定があり、所持、栽培、譲渡、輸出入に対して規制が行われていますが、使用罪はありません。

(注2)Institute of Medicine, 1999, Marijuana and Medicine. 全米医学研究所(IOM)の報告書であり、信頼性は高いと考えます。ここでは、アルコールやヘロインといったドラッグと比較して、大麻の依存性は、とても僅かであると述べられています。

(注3)Louisa Degenhardt, et al, 2008, メToward a Global View of Alcohol, Tobacco, Cannabis, and Cocaine Use: Findings from the WHO World Mental Health Surveysモ, PLoS Medicine, July:Vol5-7, pp1053-1067.
 ここでは、WHOのデータを元に、コカイン使用と大麻使用率との相関関係を分析していますが、大麻使用率の高さはコカイン使用率と相関しているわけではなく、いわゆる「ゲートウェイ」説とは逆の結論が出されています。もちろんこの他にも、多くの研究があります。

(注4)EMCDDA, 2008, EMCDDA Monographs Vol2, Chapter7: p150. EUのドラッグ政策について強い影響を持つ機関の報告書であり、IOMのものと同様に信頼性は高いと考えます。この報告書ではタバコ、アルコール、コカイン、大麻がそれぞれ比較されており、大麻はもっとも低い危険性を持つとされています。

(注5)厚生労働省発薬食第0408034〜43, 45〜52号、第0408033号。

【カンナビストについて】
 日本の大麻(マリファナ、カンナビス)取締りは、著しい有害性は認められない大麻に対し過剰に厳しい刑罰を科しており、年間3000人以上の市民が逮捕されている状況は公権力による人権侵害であると訴えている非営利の市民運動。
  設 立:1999年7月1日
  会員数:4,602人(2008年9月9日現在)
  ホームページ http://www.cannabist.org/