選手への処分に対する
全日本スキー連盟への要望書


 

要望書


財団法人全日本スキー連盟 
会長 堤 義明殿
専務理事 丸山 庄司殿
競技本部長 池上 三紀殿

2003年1月15日
カンナビスト運営委員会
http://www.cannabist.org/


 昨年9月24日に、フリースタイルスキー・モーグル全日本男子強化指定選手のA選手(原文では実名)と、元強化指定選手のK選手(同、実名)が、大麻取締法違反の容疑で逮捕され、12月9日に執行猶予付きの有罪判決が言い渡されました。私達は、この事件に関して貴連盟の取られた処置、すなわち、9月27日の段階ですでになされていた両選手の競技者登録抹消期間を原則として執行猶予期間に合わせるという判断に対して、次の要望を行い、その背景と理由を記します。



要望

 両選手の競技者登録抹消期間は、執行猶予期間からすると3年間ということになりますが、スキー選手が第一線で活躍することができる期間を考慮すると、これはあまりに長すぎるのではないでしょうか。当該期間については、執行猶予期間の3年より短い期間、例えば、長くとも1年未満の謹慎期間、といった程度で足りるのではないでしょうか。私達は、2人が早い段階で全日本スキー連盟所属の選手として復帰することを要望します。


要望の背景・理由

(1)大麻の害と諸外国の大麻政策

 欧米の研究機関などによる最新の科学的研究の結果を見る限り、大麻が心身に与える害は軽微なものであり、アルコールやタバコほど有害ではないという意見が主流となっています。また、世界的にも大麻の個人使用を容認する動きが近年急速に進んでいます。例えば、2002年3月27日の朝日新聞朝刊に掲載された『大麻・欧州「容認」へ傾斜』と題する記事でも取り上げられているように、ヨーロッパ諸国では個人使用の範囲であれば大麻を所持、使用、栽培しても刑事罰として扱わない、いわゆる「非犯罪化」という政策を取っている国があり、今後もさらに増える傾向にあります。つい最近でもイギリス政府は大麻の単純所持を取り締まりの対象から外すことを表明しています。このようにヨーロッパ諸国の政策が変わってきたのは、なにも危険な薬物を容認したというのではありません。その背景には、大麻を使用することによって当人の心身やまわりの社会に与えるダメージの大きさと、その大麻使用者を罰することに伴う長期の拘束や社会的立場の失墜・経済的損失といった当人が被るダメージを比較して、当人あるいは社会に対するダメージを最小限に抑えるような対応をすべきだという人道的な配慮があったのです。この結果、比較的安全な大麻を使用する行為は刑事罰を科するには値しないという判断に至り、大麻の非犯罪化を行う国は増えてきています。

 そして、こうした「大麻は以前に考えられていたほどに危険な薬物ではなく、その害はアルコールやタバコと比べても低いものである」という認識は、まさにスキーの「本場」である欧州やカナダで浸透してきている認識です。

(2)長野五輪における「大麻事件」

 さる長野五輪において、スノーボード男子大回転初代王者となったカナダのロス・レバグリアティ選手が大麻を使用したとして、国際オリンピック委員会(IOC)が金メダルを剥奪した問題で、スポーツ調停裁判所(CAS)が、処分を取り消す裁定を下し、金メダルが一転して認められたことは記憶に新しいと思います。この事件では、「IOCの規定では大麻は一応禁止されているが、違反基準や罰則がなく、金メダル剥奪というのは厳しすぎるのではないか」という、カナダ選手団の主張が認められました。レバグリアティ選手は五輪の9ヶ月前までの大麻使用を認めています。また、同選手からは、カナダで行われた後の大会での検査でも、長野五輪時を上回る大麻成分(THC)が検出されているといいます。

 この裁定には、次のような背景があったと考えます。第一には、「大麻を使用してはならない」という普遍的な倫理はない、ということです(カナダでは大麻の個人所持が容認されています)。実際に、長野の裁定では、調停裁は「大麻を規制すべきかとか、選手を排除すべきかという問題には立ち入らない。CASは(司法権を持つ)裁判所ではない」として、大麻の使用に関わる倫理には立ち入りませんでした。そして第二に、大麻には、スポーツ選手が使用してはならないほどのドーピング効果があるということが科学的に証明されていない、ということです。大麻が選手の身体能力それ自体を向上させることはありません。

(3)大麻取締法の問題点

 日本における大麻取締法は、大麻の個人使用目的の単純所持に対しても、五年以下の懲役刑を科すものです。この五年以下の懲役というのは、大変に重い刑罰です。しかしながら、大麻の持つ身体や精神に対する害は、アルコールやニコチンと比較しても低いものであるということが、国際保健機構(WHO)の研究などから明らかになってきています。そこで、ここ日本でも、「大麻を使用することによる心身、及び社会に対する影響と比較して、大麻取締法で定められている刑罰はあまりにも重いのではないか」といった、意見が広がってきています。もう少し具体的に表現すれば、それほど害のない大麻を所持していたからといって、その人を逮捕し、長期間にわたって拘束し、裁判にかけて前科を負わせてしまうということは、とてもバランスの悪い刑罰であるということです。現に、大麻取締法の罪の重さが問題となり、同法の憲法適合性が最高裁判所まで争われたこともあります。

 さらに、日本において、大麻事件で逮捕された人の多くは、マスコミの過剰な報道に晒されたり、それと相まって周囲から蔑視されたりと、社会的にも重い制裁を受けます。今回、A選手とK選手は、まさにそのような状況に置かれたことと思いますが、上のような意見からすると、これも大麻の害とのバランスから考えて行き過ぎなのではないか、ということになります。

(4)要望の具体的理由

 もちろん、日本で大麻を所持することは違法行為であり、大麻の害が少ないからといって、容認されてはいません。2人の処遇にあたっては、「法律に違反してしまったことへの責任」という、倫理・道徳的観点も考慮しなければならないでしょう。判決文中の、「規範意識の乏しさは強い非難に値する」という部分は、このような意味であると考えます。
 いずれにせよ、2人は逮捕、取調べ、裁判といった司法による手続きを経て、有罪判決を受けました。どんな国でも、刑事被告人は、このような司法的制裁を受けます。本来ならこれで必要にして十分であるはずです。けれども、多くの犯罪者がそうであるように、2人はテレビや新聞等の報道などにより、社会的制裁も大いに受けることになりました。
 2人が受けた制裁は、厳罰を定める大麻取締法が現実に存在することや、(3)に示したような見解が、日本では公に議論されることが少なく、十分に認知されていない以上、仕方のないことかもしれません。

 しかしながら、すでに多くの罰が加えられた両選手に対し、貴連盟は、選手としての資格を長期に渡って剥奪するという、選手生命を否定することにつながるような処分を行いました。このような、追い打ちをかけるような制裁は、明らかに行き過ぎであります。
 カナダのレバグリアティ選手は金メダルの栄光を取り戻しましたが、日本のA選手とK選手からは、選手生命が奪われようとしています。確かに倫理は国によって違うものですが、結果においてあまりにも大きな隔たりがあるということは、とても不合理なことではないでしょうか。

 全日本スキー連盟は、司法権を持つ裁判所ではありません。今回、東京地裁が下した判断は、懲役懲役10月、執行猶予3年ですが、貴連盟が決定した処分が長期にわたって存続し、2人の選手生命を絶つような結果になれば、貴連盟は裁判所より過酷な処罰を行ったということになります。今回、裁判所は2人の刑の執行を猶予しました。それならば、貴連盟も選手資格剥奪という処分を猶予して然るべきです。なお、執行猶予期間である3年というのは、今回のような少量の大麻所持に対して、刑事司法の現場でほぼ一律に設定されている期間であって、あまり実質的な意味を持っていません。ですから、貴連盟が必ずしもこの期間に拘束される必要はありません。

 私達は、2人の選手生命、ひいては人生そのものを、大きく傷つけてしまうようなことだけは、避けて頂くことはできないかと考えており、なるべく早い段階での2人の復帰を要望します。
 
 昨年の11月20日に発売された雑誌、『ブラボースキーザ・モーグル2003・』に掲載された(記事の中のA選手の)言葉は、誠実であり、そこには十分な反省が見られます。彼は両親の仕事である新聞配達を手伝いながら、実家とジムを往復する毎日を過ごしているとのことですが、「もしも、もう一度競技に戻れるなら、そこで結果を残したい」と述べ、復帰への希望を語っています。

 私達は、貴連盟が、選手として、人間としての2人の将来を考慮し、再びチャンスを与えることを望んでいます。

以上


*この要望書で述べた、「大麻は以前に考えられていたほどに危険な薬物ではなく、その害はアルコールやタバコと比べても低いものである」といったような見解に対し、もし疑問をもたれるのであれば、私達のホームページhttp://www.cannabist.org/を参照して頂くか、直接カンナビスト事務局まで問い合わせをお願いします。