裁判官から被告に対し、懲役刑や禁固刑でなく、罰として福祉活動などを命じる諸外国の方式は「社会奉仕命令」あるいは「代替刑」と呼ばれるが、それが日本にも導入されるかもしれない。法務省では法制審議会のお墨付きが得られれば、来年の通常国会に法案を提出する方針というのだが、具体的に、どんな内容なのだろうか。
「被告人には、二年間の老人介護活動を命ずる」。代替刑が導入されると、裁判官から、こんな判決が言い渡されるようになるらしい。こうした刑罰、実は海外ではおなじみで、この種の判決を言い渡された著名人も少なくない。
■著名人にも経験者続々
例えば、映画「若草物語」などに出演した米国の有名女優、ウィノナ・ライダー。約五千五百ドル相当の服などの万引で起訴され、ロサンゼルス・ビバリーヒルズの地方裁判所から、計一万ドルの罰金・賠償金に加え、病気の子たちの施設での二十日間の社会奉仕活動を命じられた。逮捕の際、薬物を所持していたとして、薬物カウンセリングプログラムへの参加も命じられた。
韓国でも粉飾決算の罪に問われた建設会社社長に対し、ソウル高裁から二百時間の社会奉仕命令が言い渡されている。
裁判ではないが、サッカー・ワールドカップの決勝戦で、暴言を吐かれたとしてイタリア代表選手に頭突きを食らわせたジダン選手(フランス)も、国際サッカー連盟(FIFA)から三日間の社会奉仕命令と罰金七千五百スイスフランを命じられた。
社会奉仕命令は、世界的にもずいぶんポピュラーなようだ。
ノルウェーには、最高でも懲役一年となるような比較的軽い犯罪で有罪となった被告に対し、被告が同意した場合に限り、裁判官が、公共施設の修理、非政府組織(NGO)活動への参加などを命じることができる「社会内処遇命令」という制度がある。違反すると刑務所に収容される。
フランスは、ちょっと変わっており、「公益奉仕労働刑」と「公益奉仕労働を伴う執行猶予」の二種類がある。被告が同意した場合に限り、裁判官が、地方自治体、国鉄、社会福祉施設、大学などでの作業を命じる点は両者共通だが、前者は、それ自体が刑罰であるのに対し、後者は執行猶予判決を受けた被告が対象−と微妙に異なる。
そもそもフランスには、「実刑二年と執行猶予二年」といった、まず二年間の刑期を受け、その後さらに二年間の執行猶予があるという日本にはない判決内容が存在する。このため、このようになるらしい。違反者への制裁も、前者は義務違反という新たな罪に問われ拘禁刑や罰金刑を受けるが、後者は執行猶予取り消しになる。
イギリスは「社会奉仕命令(非拘禁判決)」という制度。拘禁刑の罰則がある犯罪で有罪となった被告が同意すれば、公共施設の建設、清掃、社会福祉施設・病院での手伝い、交通整理などの業務を命じることができる。違反者には、罰金を科して命令を継続する場合と、命令を取り消し拘禁刑を言い渡す場合がある。
ドイツのバイエルン州では「罰金刑未納代替自由刑の回避」という変わった制度を用いている。罰金刑を言い渡されたが支払い能力がない被告は通常なら拘禁されるが、動物園清掃や老人介護をすれば拘禁されないという制度だ。
わが国では、今年一月、杉浦正健法相が発足させた「被収容人員適正化プロジェクト」の中で、社会奉仕命令導入論が急浮上し、早くも七月二十六日の法制審議会に諮問された。内情に詳しい関係者は「今回は法務省内で議論し尽くして法制審にかけたわけではない。任期中に道筋を付けたいという杉浦氏の強い思いを受けて、白紙状態に近い形で諮問された」と指摘する。官庁が内容をガチガチに固めて審議会を形骸(けいがい)化させてしまうケースが多々あることを振り返れば、審議委員への“白紙委任”は官僚支配からの脱却と言えなくもないが、法制審が実のある論議をしてくれればの話だ。
前出の関係者は「法相が熱心になった理由は二つある」と説明する。「第一の狙いは犯罪者の社会復帰です。これは、少しでも早く社会の風に触れさせることで、刑務所を出所後の再犯を防ぐ。もう一つは、収容者が増えすぎて刑務所が満杯になっている現状をなんとかしたい。軽微な犯罪者まで刑務所にとじこめる余裕はないという切迫した事情もあるんです」
導入された場合、ごくごく大まかに言って、次の二つのパターンが予想される。
■Aパターン・代替刑 社会奉仕するなら懲役刑を免除しますよ、という趣旨の判決が出されるパターン。懲役刑の代わりになるため「代替刑」と呼ばれる。懲役か社会奉仕かの選択を裁判官が決める方式と被告が決める方式の両方が考えられる。
■Bパターン・社会奉仕命令 懲役、禁固、罰金という現行の三本立ての刑罰に、新たに「社会奉仕命令」を加え、四本立てとするパターン。
ある法曹関係者が言う。「実は、法務省はAパターンをめざすのか、Bパターンなのかという大枠も決めていない。まさに法制審メンバーの考え方しだい。それだけに法制審の責任は重い」
ところで、今回、杉浦法相は「中間処遇」や「保安処分」も法制審に諮問した。
「中間処遇」は受刑者の社会復帰を促すため、満期前にマンションや自宅に移すもの。その際、該当者に衛星利用測位システム(GPS)を付けるといった人権制約的な方法の是非とか、市民感情などが論点となりそう。また、かりに「懲役五年の満期」の場合、「刑務所四年、中間処遇一年」という“内側方式”をとるのか「刑務所五年、中間処遇一年」という“上乗せ方式”をとるのか。後者なら、新たな人権制約となるため、重要なポイントだ。
「保安処分」は、性犯罪者や薬物犯罪者への出所後教育などが考えられるようだが、出所後も公的施設に収容することや血液検査の義務付けなども意味する言葉だけに、議論を呼びそうだ。「保安処分で日弁連を刺激してしまったら、社会奉仕命令の方までおじゃんになる。だから、法制審がハードなものに手を出すはずがない」との見方もあるが、法制審がフリーハンドを握っているのも事実だ。
日弁連刑事拘禁制度改革実現本部委員の海渡雄一弁護士は「満期出所者の再犯率は仮出所者を上回っており、極力、刑務所外に出して更生させることには賛成だが、労働が“見せしめ”的にならないよう注意すべきだ。社会奉仕活動をしている市民から反発を受けない工夫も必要だ」と話す。
かつて行刑改革会議(法相の私的諮問機関)メンバーとして刑務所改革に携わった菊田幸一弁護士は刑罰厳罰化の現状を念頭に「過剰拘禁(過剰収容)の解消策として、代替刑や社会奉仕命令が論じられているが、そもそも犯罪は増えておらず、過剰拘禁はつくられたものだ」と、疑問を投げかけている。
<デスクメモ>
社会奉仕でも米国の女優のように、自分の“得意技”を生かした形がいいのでは。ハイテク犯罪などで有罪判決を受けた人がシステム開発者と「疑似いたちごっこ」を演じてハイテク防犯度を高めるとか。昔、説教泥棒というのがいたが、こういう人に全国を説教行脚してもらうのもいい。無論、盗み抜きで。(蒲) |