「第六章 大麻取締法」(吉田敏雄)
『注釈特別刑法(第八巻)』
(伊藤栄樹、小野慶二、荘子邦雄編著/立花書房/1990年)所収
第六章 罰則 二 大麻取締法の罰則の合憲性
本法の罰則の合憲性については、主として三条、二四条の二をめぐって次の四点をめぐって争われてきたが、下級審判例はほぼ一致して本法の合憲性を容認している(福岡高判昭五三・五・一六最高裁事務総局五四七、福岡高判昭五三・六・二〇最高裁事務総局五四九、東京高判昭五三・九・一一判夕三六九・四二四[この原審東京地判昭五二・七・二八判夕三六九・四二六]、東京高判昭五四・七・一九東高時報三〇・七・一〇三、東京高判昭五五・四・一五東高時報三一・四・三六、東京高判昭五六・六・一五刑裁月報一三・六=七・四二六=判時一〇二六・一三二、大阪高判昭五六・一二・二四判時一〇四五・一四一、東京地判昭四九・八・二三村上編(昭和五〇年)二五七、東京地判昭五二・一一・九最高裁事務総局五四六、東京地判昭五六・三・一九判夕四四五・一七三等。なお、最決昭五四・六・一裁判集二一四・四九一参照)。そして最高裁も、相次いで下した二つの決定で、上述の下級審の方向を支持したのである(最決昭六〇・九・一〇判時一一六五・一八三、最決昭六〇・九・二七)。
(1)憲法一三条違反の主張の当否 大麻の国民の保健衛生に危害を及ぼす有害性が証明されていないが、大麻の小量摂取の無害性を前提としたうえで、個人的使用目的のために小量の大麻を所持するにすぎない場合等に対し罰則を科することは、個人の大麻吸引の自由および幸福追求を保障した憲法一三条に違反するという主張の当否。一般的に、薬物の副作用、後に及ぼす効果の証明は困難である。人体実験と長期の観察を必要とする。薬物を自由化してから後にその回復できない損傷が証明されたのでは遅すぎるのである。したがって薬物の有害性が、一定の許容できる限度内にあるということが明確に証明されていない限り、その使用等を禁止したからといって、憲法違反の問題は生じてこない。しかも大麻の場合、比較的小量の摂取でも、視覚認識、時間感覚、距離感覚の変化、思考、感情の障害、被暗示性の増強、音感の鋭敏化等精神機能に障害が起こり得ること、そのため自動車の運転が危険になること、さらに感受性の強い人の場合には、大量摂取の場合と同様の幻覚等を主とする急性中毒類似の症状が起こること等が科学者の間の共通の認識となっているのである。さらに大麻吸食の伝染による社会環境汚染の可能性が大きいことからすれば、国民の保健・衛生の向上といった観点から、大麻の所持等の行為に罰則をもってのぞんだからといって、憲法一三条に違反するとはいえない。
(2)憲法一四条違反の主張の当否 大麻と同等かそれよりはるかに人体に有害であるアルコール飲料および煙草の摂取に対する規制は緩やかに行なわれているのにもかかわらず、大麻について無害な小量の所持等までも禁止し、その違反者を処罰することは不合理な差別であって、憲法一四条一項に違反するという主張の当否。この主張は、本法自体に不平等適用を容認する規定があるというのではなく、アルコール飲料や煙草などへの法規制との対比で本法の違憲性を問題とするものであるから、憲法一四条違反の適法な主張とはいえないであろう(植村・六四頁参照)。かりに法定立の場面における不平等が憲法一四条の問題となるとしても、大麻の保健衛生、社会にもたらす危険が、アルコール飲料や煙草より大きくはないとの証明が明確になされないかぎり、本質的に平等なものを不平等に扱っていることにはならない。
ところで大麻とアルコール飲料または煙草とは、心身に及ぼす効果が異なるため、有害性の程度の比較それ自体に困難がともなうことは別論として、アルコール飲料あるいは煙草が大麻より有害であるとしても、有害物質に対する規制は、当該物質の摂取の歴史、社会的効用のある嗜好品としての社会生活への定着後、摂取の効果、取締りの難易、効果等の多面的検討のすえに行なわれるべき立法者の裁量範囲に属するものといえよう。もっとも国民の保健・衛生の維持・向上といった観点からすると、立法作業において、これらの要因が決定的重要性をもつものでないことは明らかである。
(3)憲法三一条違反の主張の当否 本法一条の規定が取締りの対象とする植物の範囲を一義的に明確にしていないことを前提として、本法一条が憲法三一条に違反するとの主張の当否。この問題については、本法一条注一で述べたとおり、本法一条の構成要件が不明確であるとはいえない(最決昭五七・九・一七刑集三六・八・七六四)。
(4)憲法三一条、三六条違反の主張の当否 大麻の有害性が証明されていないこと、ないしは低いことを前提としたうえで、本法が刑罰による法的規制を加えていること、しかも実質犯の場合には、その法定刑が懲役刑のみであることを理由に、本法の罰則規定は罪刑の均衡上不相当に過酷であり、合理性を欠き、憲法三一条、三六条に違反するとの主張の当否。大麻の規制に合理的根拠が認められる以上、大麻に対する規制の範囲、それに如何なる刑罰をもって挑むかは原則として立法政策の問題であり、立法の権限に属する事項である。本法の実質犯の法定刑は七年以下(二四条)、五年以下(二四条の二)であって、法定刑の幅が広いうえ、酌量減軽すると短期が一五日にまでなりうるものであること、執行猶予の制度もあることから、選択刑として罰金が設けられていなくとも、国会の立法裁量の範囲を逸脱したものとはいえないであろう。
ところで、昭和三八年の「麻薬取締法等の一部を改正する法律」(昭和三八年六月二一日法律第一〇八号)によって、麻薬取締法、大麻取締法、あへん法の罰則が整備強化されたのであるが、それまでは本法の実質犯については三年以上の懲役、選択刑・併科刑としての罰金刑が規定されていたところであるし、大麻の有害性が従来考えられていた程のものではないとすれば、立法政策として罰金刑を復活させる余地はある。